第152回 ROOF TOP 2010年12月号掲載
おじさんの眼
「緑茶薫る遠州紀行」後編

 今夏、観測史上最悪の猛暑は世界中を襲った。極東の日本列島も例外ではなかった。これは人間の享楽の行為の結果の地球温暖化現象であると環境学者は警告するが、愚かな人間の環境破壊行為(開発とか戦争とか)はとどまることが出来ないでいる。そんな中、私は東京を逃げ出した。行く先は面積の65%が森林という静岡県。観光と自然環境が豊富なお金持ち県だ。まずは寸又峡温泉に一泊、静岡の三大名物の大井川鐵道・天竜浜名湖鉄道・遠州鉄道を制覇し、藤枝の農家民宿を訪ねたのだったが……。(以上、前号まで)


清流に今にも落ちそうな吊り橋が架かって、その向こうに今夜の寝床がある

宿泊環境は最悪だが……清流と緑は素晴らしかった

 藤枝の郊外、渓流沿いにある一泊1000円の農家民宿、「水車むら」の宿泊環境は最悪だった。なんと私が半年ぶりの客なんだそうだ(笑)。しかし、ここの年老いた主人はいい人で、酒を飲みながら小一時間、主人の物語を聞いた。
 ここの主人はその昔、同じ藤枝出身の文学者・小川国夫に師事していたのだそうだ。すなわち田舎(失礼!)に住むインテリで、小川が説く「自然と神と人間」にいたく感銘し、この地に帰って来て理想の村を作ろうとしている。しかしあまりにもこの地が田舎で交通の便が悪く、旅人が泊まりに来るための接待のノウハウもない、と苦笑しながら話してくれた。水道も壊れていて出ないし、風呂もない。布団は湿気でよろよろで、とにかく酒を飲んで早く寝るしかない。しかし、清流と緑に囲まれた近隣の自然が素晴らしいことは言うまでもない。
 朝、主人が母屋に招いてくれて朝食をいただいた。そして、水車むらのNPO法人が運営する、無農薬自然紅茶工場を見学。紅茶が緑茶の木から作られることを初めて知った。
「そろそろ出発します。料金はいかほど?」と聞くと「いや、いりません。とてもお金をとれる状態でないので……」と申し訳なさそうに言う主人に1000円札を押しつけて、宿を後にした。貴重な素晴らしき自然も過疎化が進み、人の手が入らなくなり、この地もどんどん荒れて荒廃してゆくのかと思うと、ちょっと悲しい気がした。


ほい! ここで一人ぽっちで寝るんだよ。怖いよ。酒でも飲まねば眠れないよ

革命酒場バロン

 この日は、静岡市内に住む従兄弟と会ってそこに泊まろうと思って電話すると、誰も出ない。仕方なしに繁華街のホテルを取った。  夜は、あの獄中27年の元連合赤軍兵士・植垣康博氏の経営する「スナックバロン」に電話した。植垣氏とは、ロフトプラスワンで何度も赤軍関連のトークをやっているし、元は同じ共産主義者同盟(ブント)で知り合いなのだが、どうも奴とは顔を合わせにくいと思っていた。
 それは一昨年、テアトル新宿で開かれた若松孝二監督作品「実録・連合赤軍、浅間山荘への過程」での公開トークショーで、植垣と塩見孝也(元赤軍派議長)と三人で、激しくやり合ってしまったからだった。
 その時のふるまいを謝る私に、電話に出た植垣は、「おう! 平野さん。是非店においでよ。そんなこと気にする必要はない」と言って、暖かく迎えてくれた。  バロンは、かつて開店記念の時に行った場所から静岡市内の繁華街に移り、店も大きくなっていた。植垣も、そしてお客の元左翼のオヤジ達も健在だった。不定期だが、プラスワンをまねて政治的なトークイベントもやっているみたいだった。
 相変わらず時代錯誤な論争が店内の客同士で展開され、若い子が東大闘争とか全共闘の質問をしていて、どこからか集まって来た老闘士が偉そうに解説しているのを、店長の植垣は、コップを洗いながらニコニコ笑って聞いている。まるでロシア革命前夜の、炭坑街の労働者が集まる酒場のように感じられた。
「この町には不似合いな時代遅れの酒場。三カ月は持たないと陰口をたたかれた(立松和平談)」と言う通り、メニューはまさに刑務所料理に毛の生えた感じだったが、その一つ一つに奴の誠意がこもっていて、それはとても美味しく感じられた。「出所してから結婚して、子供がもう小学生になる。金も、年金もない。でも、刑務所生活を除けば、俺はまだ20代の青春真っ盛りなんだ。負けるものか」と植垣がぽつんと言った。しこたま酔っぱらった私は、それを背中で聞いて深夜の店を出た。植垣は、多くの静岡の革命的同志から暖かく見守られているのを確認し、私は心から「よかったな植垣」と心の中でつぶやいた。


刑務所帰りと言ってももうシャバ生活10年もなる。なんだか解らん革命のために青春を刑務所で費やした。あの日々は何だったのか? 何を勝ち得て何を失ったのか、若い人は一度聞きに行くといい

 この記事を書いている最中に、もう紅葉は里に下りて来ている。巷は一挙に冷たい風が吹くようになった。先日、手術のため入院した。「病理検査の結果はどうでしたか?」「はい、立派な大腸癌でした」「はぁ〜。検査の時は癌の前のポリープと言われたんですが」「はい、先日の手術で切除はしましたが、油断は出来ません」と、医者は明るい声で言った。「僕の父も母も癌で死んでいます。やっぱり……」と妙な納得をして、歌舞伎町に酒を飲みに行った。 


入院中の平野さん。元気ですよ。あと5年は生きてやる!!

今月のロフト系美女

シェルター勤務。幸薄幸子。22 歳。東京都。趣味は落ち穂拾い


『ROCK IS LOFT 1976-2006』
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ロフト席亭 平野 悠

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