http://www.loft-prj.co.jp/LOFT/30th/ おじさんの部屋

第126回 ROOF TOP 2008年9月号掲載
「奥崎謙三とは一体何だったのか?」

奥崎謙三出所記念トークライブでついに奥崎本人と関わることになったロフトプラスワンだが、関係はその後も続き、最終的には 2005年6月16日に奥崎氏が永眠するまで続いた。府中刑務所からの出所後ほどなく撮影が始まった根本敬<監督役>による映画『神様の愛い奴』の製作をロフトシネマが引き受け、それは奥崎謙三言うところの「神様の演出」にロフトも一役買う(神様の演技指導を受ける!?)ことでもあったのだ。  根本敬と言えば特殊漫画家として有名だが、ロフトプラスワンとも関わりが深く、開店当初から、根本がライフワークとして探求している「因果者」──佐川一政(パリ人肉事件)や川西杏(在日朝鮮韓国人シンガー)をプラスワンに呼んでイベントを開催してくれていた。そしてついに因果者<西の横綱>奥崎謙三とドップリと関わる機会を作ってくれたのだ。
では、因果者とは一体何なのか? はっきりとした定義はないあえて言えば“生まれる以前からワケアリな〈前世〉を抱えて誕生した事情のあったとしか思えない人”で、具体的には勝新太郎や佐川一政のように“凡人には理解できない別世界(独自のファンタジー。真理としての実在)と太く繋がっていて、それを当たり前のものとして生きている人々”のことだ。そして我々凡人がこうした因果者と対峙する時の心構えを根本はこう説明する。 “相手は野球に例えれば4番でエースで監督で、その上審判も兼ねる。投げながら同時に「ストライク!」と宣告するのだから、どんな暴投が来てもこちらは(打者の場合なら)三振にとられるより他ない。その上、状況(当人の都合)によっては突然、柔道にかわり、そしてこちらを投げ飛ばすやいなや何事もなかったように再び野球になる。だが抗議は許されぬ。そもそも一度ゲームに参加した以上「抗議」を思い立った時点(「なんだこのクソジジイ、オレはもうガマンなんねえ。言ってる事がさっきと違うじゃねえか」だとかの感情の噴出、怒り)で、永遠の敗北である。”(上記引用はすべて『電氣菩薩』(径書房)から)
1997年夏、この「勝敗なき勝負」((c)幻の名盤解放同盟)を双方ギリギリの所まで続けた結果、映画『神様の愛い奴』が胚胎し、それは永遠に完結しない物語のごとく今も闘いは続いている。奥崎謙三に関わるということは、一見クダラナイ(しかし、この世の真理にも近い)気の遠くなるような闘いに明け暮れることなのだ。
(構成:加藤梅造)



糸のないギターを弾け、小僧!

平野 奥崎さんが亡くなって既に3年たちましたが、根本さんにとって奥崎謙三とは何だったんですか?
根本 そりゃ答は「奥崎謙三」ですよ(笑)……。じゃ話終わっちゃいますが、あえて分かり易く、いや分かりにくいか、でもロバート・ジョンソンの「クロスロード」伝説に倣えば、安藤昇主演、唐十郎監督の映画『玄海灘』の主題歌『黒犬』なんですよ。「糸のないギターを弾け、小僧!」ってさ。弦の張ってないギターを「弾け!」とあの安藤先生に言われたら「弾けません」なんて、そんな弦がないくらいでNGなんて野暮はないでしょ。とはいえギターに弦がない…さて、そこで、今から11年前の8月20日に府中刑務所から出て来た、悪魔じゃあないけど、自称「神様の傀儡」を名乗る男(奥崎謙三)が、その糸のないギターを弾く秘技を十字路で俺に伝授してくれたんですよ。そして、俺はその見返りに悪魔、じゃなかった、神様の傀儡殿に魂を売らなきゃならんのかと思っていたのが、奥崎先生から来た請求書を見たら額面が「10年かけて貯めた1円(※玉)」って書いてあった!これは大変ですよ。1億円じゃなくて1円。こりゃ1億よりやっかいですよ。1円、10年かけて貯めるの大変ですよ〜(笑)。その莫大な借金返済に10年間かかって、それをようやく去年の8月19日に完済したんですね。で、これから元を取り返して尚余りあるという大金、百年かけて貯めた1円50銭ぐらいは稼ぎたいんで平野さんどうぞよろしく(笑)。
平野 いきなり訳分からんよ! じゃあ映画について聞いてみますが、そもそも根本さんは『神様の愛い奴』で、戦争責任を追及する『ゆきゆきて神軍』のイメージ、あるいは天皇陛下にパチンコ玉を撃った反天皇のイメージ、そういった側面とは違った切り口で奥崎謙三に対峙したと思うんですがどうでしょう。
根本 そう言えば確かにそうなんですが、『ゆきゆきて神軍』と同一人物を描いているのはたしかで、要は見せ方で、例えば今発売されてるバージョンの『神様の愛い奴』からはカットされてる様ですが、奥崎さんの「私がこうして若いたくさんの女性とセックスをすることは、あのニューギニア戦線で死んでいった戦友たちへの供養になるんです!」というセリフがあるんです。そういう発言は重要なポイントなんですけどね。
平野 ああ、なるほど。あと、奥崎さんは昔から「人から尊敬されたい」という願望が強かったみたいですね。
根本 蓄積されたものの反動だと思います。奥崎さんは中学もろくに行けずに丁稚奉公に出されていたんですが、おそらく相当な差別待遇を受けて育ったと思うんです。亡き奥様シズミさんの遺骨を抱えて「アイ・ラブ・ユーです、シズミさん!」と叫ぶ一方で、「私のような者はあんな不細工な女としか結婚できなかった」とも怒鳴られましたが、すごく劣等感が強い。だから、反天皇と言われている奥崎さんにとって、何が一番悔しいかと言えば、自分が天皇家の《長男》として生まれてこなかったことじゃないですか。
平野 やっぱり奥崎さんは獄中で自分が出所した時の夢を見ていたと思うんです。きっとシャバに出たら万雷の拍手で迎えられるはずだと思っていたのが、実際はそれほどでもなかった。その落差がショックだったと。
根本 それはあったかもしれないけど、たとえそうだとしても、それも「神様の演出です」ということになるんじゃないですか。
平野 奥崎さんはいつから神様の啓示を受けたんですかね?
根本 うーん、やっぱり地獄のニューギニア戦線から生還できたっていうのが大きいんじゃないですか。自分が神様から選ばれたという、選民意識の萌芽がその辺にあるかと。
平野 そもそも根本さんはなんで奥崎にはまったの? 勝新太郎と同じような存在なんですよね。いわゆる根本さん言うところの「因果者」としては。
根本 勝さんとはまた進化の方向性が違い比較は難しいですが、奥崎さんは演出家として非常に優れていると思います。全くアドリブのきかない「役者」としての弱点をよく知る人で、現実の自分を2倍3倍10倍にも印象づける演出能力に長けてましたね。
平野 でも、演出で天皇にパチンコ撃ったり人殺したりするんですか? 刑務所に入るのも覚悟で。
根本 奥崎さんにとって独居房は母胎回帰、子宮の中にプカプカ浮くみたいなもので、一番心が安らぐ所なんですよ。だって奥崎さんは生きてること自体に恐怖心があって、現実問題としては一番恐れたのは右翼からの攻撃とか暴力だから。それで公安とか私服警官にマークされることを逆手にとり利用して自分の警護にしてたんですよ。これが正に演出なんです。「天皇暴行事件」と本人が言っても、武器はパチンコ玉ですから(笑)。本気で危害加え、まして殺傷する気は全くない。パチンコ玉がちょっと飛んだだけですもん。しかも回りが気づくことすらなく。で、「ヤマザキ、天皇を撃て!」と叫んで、そこから伝説が始まるわけです。


イエスタデイ・ネバー・ノウズ

平野 根本さんが奥崎謙三の映画を撮ることになったきっかけは何だったんですか?
根本 それはごく自然な成り行きでそうなったとしか……。それまで十数年やってきたことが自然な流れでそこに辿り着いただけで。
平野 クランクインはいつだったの?
根本 それはイエスタデイ・ネバー・ノウズ(笑)。強いて言えば府中刑務所の扉が開いて、中から奥崎さんが出てきた時からなんでしょうね。
平野 まだその時は根本さんはたくさんいるギャラリーの一人だったんですよね。
根本 中途半端に関わるのは嫌だったから遠くで見てたんです。最初は取り巻きやマスコミもたくさんいたんだけど、それがいつの間にかだんだん減っていって残ってたのが……。
平野 そしてあの奥崎籠城事件が起こる。ロフトプラスワンでの出所記念トークイベントの日、ステージ上で倒れた奥崎さんをロフトの事務所に運んだら、そのまま奥崎さんは事務所のトイレに籠城してしまった。その日、最後まで奥崎さんにつきあったのは根本さん達だけだったんですよね。それで奥崎さんがトイレの中で説教を始めて、なかなか出てこないから、困った根本さんがAVを借りてきて、それを奥崎さんに見せようと。
根本 結局明け方に便所から出てきて、それで奥崎さんはAVを見ながら「若い女性の裸はいいですねえ。一度でいいからこんな若い女性の肌に触れてみたいですねえ」って。それじゃあ先生、これからヘルスにお連れしますよって。最初奥崎さんは「いや、そんな所に行くわけにはいきません。そんなところに行ったら私はみんなに軽蔑されます」って言うもんだから、「そんなことはありません、私はもし先生が堂々とヘルスへ行かれたら、ますます先生を尊敬いたします!」って(笑)。
平野 それから奥崎さんは一気にセックスにはまってしまった。
根本 奥崎さんは小学校を卒業してすぐ丁稚奉公に行ってそのあと戦争で、帰ってきてからも人を殺して刑務所に入って。ほとんどシャバで女を抱いたことがないんです。奥さんぐらい。出所した時は77歳でしたけど「若い二十代のピチピチした肌に触れてみたい。でも、こんな老いぼれじいさんなんか無理ですよねえ」と思いこんでいた。
平野 『神様の愛い奴』も後半は奥崎さんがどんどんアブノーマルなセックスに挑戦していくという内容で、完全に根本さんの漫画の世界になっていく。
根本 一応脚本らしきものは用意してたけど、そんなのはとってつけたようなもので。最初っから撮影が短期決戦になることはわかってたから、撮れる時には全部撮っていこうと。最初の撮影で神戸に行った時に、奥崎さんが俺に耳打ちしたのは「根本先生、お互いに利用し合いましょう」だから(笑)。それは俺と奥崎さんの秘密でしたが。
平野 そういえば、僕は奥崎さんから一度も怒鳴られたことはなかったですね。
根本 それは、平野さんからは金をひっぱれると思ってたからですよ。そういうソロバン勘定はちゃんとする人ですから。
平野 へー、そういう人なんだ。
根本 奥崎さんも川西杏さんもそうだけど、「因果者」っていっても、本業の方はきちっとやっている人なんですよ。そうじゃないと、ただのキチガイというか変な人で終わってしまいますから。って平野さんも経営者としてはキチッとしてるじゃないですか、他はよく存じませんが(笑)。……いやでもそこは実際に肝ですよ。沢木耕太郎がバッテリー商をやっている頃の奥崎さんについて本(※『人の砂漠』(1977年/新潮社/現在は新潮文庫))に書いているんですが、店には「田中角栄を殺すために記す」という凶暴な看板を掲げていても、商売の方はキッチリしていて、仕事も早くて安くて、結構繁盛していたそうなんです。これは奥崎さんを知る上で重要なんですけど、サービス精神も気配りも過剰なぐらいあって、お客さんにバッテリー商として信頼されていた。とにかくそこだけでもアンビバレンツの一言では語れない人ですよ。だって自分が天皇陛下になりたかったあまり、逆に天皇を殺そう……後付けは脇置いて、とにかく行動した人ですから。


ようやく予告編が終わった

平野 根本さんが今までライフワークとして因果者を探求してきた中で、やっぱり一番強烈だったのは奥崎さんなの?
根本 記録より記憶に残る、長嶋みたいな……。やっぱり1997年のあの暑い夏の体験は濃密でしたね。「一瞬」が随分長い夏でした(笑)。
平野 出所してすぐ撮影で、それもメインがセックスっていうのはどう考えてもまともじゃないですよ。しかも最後は、女装した奥崎謙三が、ペニバンを付けたSMの女王様からアナルセックスされちゃうっていうんだから。端から見たら狂ってますよ。
根本 あの撮影で最後の最後怒った奥崎さんは「お前らともこれで最後だ!」って言って出ていった後、制作の北園君にも繰り返し「お前達とはもう最後だ!……でも今日の撮影は最高でした。やっぱり神様の演出は素晴らしい」と言ったんです。これは撮影しているスタッフ間でも割れたんだけど、奥崎さんに女装させたりアナルセックスまでさせたりしたことに対して罪悪感を感じている者もいた。でも俺は全く感じてないんだ。だって、奥崎さん自身も「おかげでいい経験をさせてもらいました」って言ってる訳で、全然悪いことをしたとは思わない。『ゆきゆきて神軍』の奥崎さんも、女装してアナルセックスの奥崎さんも、どっちも奥崎謙三なんだから。それこそ衷心より尊敬しております。
平野 そう、だから『ゆきゆきて神軍』のイメージで『神様の愛い奴』を観て怒り出す人はそこを分かってない。
根本 原一男監督が「ドキュメンタリーは主観だ」と言ってますが、俺はドキュメンタリーに主観も客観もないと思ってる。勝新の言うところの「映画の決定稿」とは、つまり、映画が完成して封切りをむかえ上映中のそれを文字に書き起こしたものが映画の決定稿だ、というのと同じで、撮影している時は主観も客観もなく、ただひたすら「ここがいい」「あれもいい」と撮っていって、それをつないでいった時に作品がある傾向を持っていたとしたら、それが主観のようなものだと言えるぐらいで。
平野 結局『神様の愛い奴』は撮影後もすんなりとは完成しなくて、最初のバージョンができるのに約1年。今のバージョンになるのにさらに3年かかって、その間に根本さんが制作から外れてしまうという皮肉な結果にもなった。これもやっぱり僕も含め全員が奥崎謙三のオーラに翻弄された結果と言えるんでしょうか?
根本 それも「神様の演出」と言うしかなくて、俺はあくまで「監督役」でしかなく、「監督」というポジションは空けとかなきゃいけなかった。
平野 やっぱり根本さんの中でまだ奥崎謙三は終わってない?
根本 もちろん。来年は長らく予告していた『電氣菩薩』の続編をいよいよ出せそうなんですが、そこで俺は奥崎さん体験をきっちりと綴りますよ。いずれは神様演出版『神様の愛い奴』もDVDボックスぐらいの長編で出したい。本来、自分の代表作ですから。だから11年かかってようやく予告編が終わったという感じです(笑)。


根本 敬 プロフィール

東京都出身。漫画家、エッセイスト、歌謡曲研究家など活動は多肢に渡る。漫画誌『ガロ』でデビューし、その特異な作風から「特殊漫画家」としても知られる。「因果者」「イイ顔」「電波系」「ゴミ屋敷」などといったキーワードを作り出し、各界に多く熱狂的なファンを持つ。湯浅学、船橋英雄との活動ユニット「幻の名盤解放同盟」も有名。著書は『生きる』『因果鉄道の旅』『電波系』『電氣菩薩(上巻)』『夜間中学 トリコじかけの世の中を生き抜くためのニュー・テキスト』など多数。


平野悠(左)と特殊漫画家・根本敬(右)

府中刑務所前で撮影中の奥崎謙三(「神様の愛い奴」より)

『ROCK IS LOFT 1976-2006』
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ロフト席亭 平野 悠

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