第一弾
「ひかりの輪(元オウム)と行く
   聖地巡礼同行記 その1」

 2010年7月21日に、我がロフトが誇る実験劇場Naked LOFTで、元オウム信者達の宗教集団「ひかりの輪」の人々をゲストに迎え、「オウムって何?」という私主催のイベントが開かれた。
 15年間もオウム真理教をウォッチングし続けているライターの岩本太郎を始め、思想家の鈴木邦男、そして元オウム幹部・上祐史浩(現・ひかりの輪代表)と広末晃敏(ひかりの輪・副代表)、元オウム幹部・野田成人、そして私が出席した。
 このトークは4時間にも及んだ。「何を今さらオウムだ。もうあの事件から15年も経っている。意味ない」という意見もあったが、「だからこそ今、あのオウム事件を風化させてはならないんだ」というコンセプトから始まった。この模様は、ニコニコ動画、U-stream(まだアーカイブに残っています)のライブ中継で、4万ものアクセスを獲得して話題にもなった。以下はそのひかりの輪主催の聖地巡礼に参加した記録である。


いざ!
ひかりの輪の聖地巡礼に参加

 ネイキッドでのイベントも終わりしばらくして、ひかりの輪の上祐代表から「聖地巡礼に参加されませんか?」というメールが私のところにきた。
 本来、オウム真理教はヨガ道場から出発していた。彼らはヨガや瞑想の専門家だ。彼らの修行とは何か? チベット金剛仏教の修行とは? という好奇心を持って、自らが体験してみたかった。私は一応、ジムのエクササイズのヨガ(太陽礼拝から〜)を10年以上もやっているし、気功(西野流)も若干かじったこともある。お化けやUFOと遭遇したり、過去神秘的な事象も何度か体験したつもりだ。だから、この誘いには興味津々で参加することに決めたのだった。
 ひかりの輪の聖地巡礼に参加するにあたって、私はメールで彼らに尋ねた。「私はひかりの輪の会員でもない。この体験記を私の持っている色々な媒体に書いてもよいですか? もしよいなら参加します。さらには、できたらロフトのカメラクルーも参加させて記録したいがいかがか」と、質問のメールを送った。
 そうしたら「どうぞお好きに」というメールが返って来た。これは素晴らしい。彼らひかりの輪にとっては、「隠すことは何一つない。日々進化する集団である。かえって自分たちが今、何をやっているのかを世間に知らせるのもよい」と判断したのだろう。
 今回訪れる先は日光なんだそうだ。その前は上高地だった。彼らにとっての「聖地」は日本にいくつかあるらしい。気功とか瞑想・ヨガでは、緑に囲まれた大自然や遙か彼方の大海に立ち向かうと、不思議な境地に入り今まで自分がやって来た「修行」がより完成に近づくことは、私も身をもって知っている。


ネイキッドでの「オウムって何?」のイベント。左から、平野悠、野田成人(元オウム幹部)、上祐史浩(光の輪代表)、広末晃敏(光の輪副代表)鈴木邦男(思想家)、岩本太郎(ライター)の面々が熱い議論を交わした

朝5時に集合し一路日光へ

 ひかりの輪の道場は、京王線の千歳烏山にある。朝5時、私とロフト撮影班のジャムオは道場を訪れ、彼らが用意したレンタカーに乗り込んだ。
 普段だったら私は取材のための作業として、同乗した広末副代表らを始め、オウム脱会信者の面々に質問を矢継ぎ早に繰り出すのだが、朝早いこともあり、更には同乗者が宗教求道者の心得か一応に皆静かなので、私もほとんど目をつぶり来たるべき修行に備えた。
 昔のオウムの映像だと、麻原は相当無茶な修行を信者にやらせていた、というイメージがある。「さてこれからどんな修行が始まるんだろうか?」との興味はふくらみ、彼らが言う「聖地」とは、いかなる気やオーラとかが充満しているのだろう? という期待が私の全身を身震いするほど支配した。
 車中でうつらうつらとしながらも、先日の上祐氏の発言や存在に感じた衝撃的なオーラを思い出していた。「あっ、ちょっと今はロックは聴きたくないな」って思ったりもした。もっと何か癒される音(超自然な風のつぶやきとか)が欲しいと、切に感じていた。これから多分起こる「不思議」を前にして、私は若干の興奮を感じていたのかもしれない。


あの日の上祐氏の残像を思い出す

 先日のネイキッドでの4時間にも及ぶ討論(?)で、上祐氏が出す衝動波の残像が凄すぎて、次の日の夜、立ち上がれず、突き動かされるように4時間も世田谷界隈を歩き、疑問を自分に問いかけながらただ愚直に歩き続けたのだった。
 上祐史浩氏のあの波動はなんなのか? 自己内部で消化するにはしばらくかかると思った。同じくネイキッドで「幸福の科学」の人たちをゲストに呼んだイベントでは、何も感じなかったのに。
 上祐氏やオウムやアレフを脱会した出家信者に、あれから一体何があって、どんな修行体験を積んで、今があるのかを知りたいと思った。麻原に絶対服従していた過去の苦しい日々や、世間を騒がせた地下鉄サリン事件、坂本一家殺人事件など、想像を絶するような経験をしてここまで来た。信頼する仲間の多くも自らも刑務所に入った。
 どこか人目のつかないところに逃げ隠れすることもできたはずだ。しかし、多くの信者が離脱したが、ここにいる集団は敢えて残った。「なぜだろう?」という疑問がわき起こった。世間はまだオウム事件を許していない。そして、私にとっては上祐代表の存在感は重すぎて、どう自分の中で消化していいのか解らない、そんな迷路に入り込んでいたのだ。だから私はこの聖地巡礼に参加したのだと思った。


上祐代表の「講話」が始まった。全員が座禅を組んで瞑想しながら講話を聞くのかと思いきや、みんなリラックスして聞いているのが印象的だった。オウムの時代もこうだったのかな?

最初の修行〜日光滝尾神社

 日光の最初の修行場所に着いた。小雨降る中、多くの信者(約40数名)が集まり始めた。男女半々。ちょっと女性(結構美人が多い)の方が多いか? 初めての巡礼参加者も何人かいそうだ。修行に入る前に上祐代表の「講話」があった。
 上祐代表は、天気のことにこだわっていた。「雨がちらついていますが、私達人間にとっては、あいにくの雨も、木々らの植物は、この瞬間を待っていたのです。ここ日光は、観音菩薩の聖地であり、観音菩薩は慈悲の涙を流すとされます。この雨を観音の慈雨と思い、慈雨に潤う木々の喜びを私たちの喜びとして、慈悲の心を養う気持ちを持ちたいと思います。これは苦しみを喜びに変えることです。その一つの方法は、この世界の原理として、自分にとっての苦しみが、誰か他のものにとっては喜びになっていることに気づいて、喜びと苦しみを分かち合うことです」と訓話。
 ここでの修行は、老練なおばさんの気功師(?)の、軽い身体のほぐしから始まった。朝がまだ早いせいか観光客はほとんどいない。異様な、摩訶不思議な集団が一心不乱に気功をやっている。煩悩の鐘が静かに響く。私も「これは!」と思うくらい身体中が電流みたいな波動が走る。小雨は気にならない。大自然の中はいい。朝靄の中、気が充実してくるのが感じられた。


白糸の滝前での瞑想

 さらに集団は、300メートルばかり離れた静かな滝の前までゆき、そこで三々五々座禅を組み、瞑想の時間に入る。天高く伸びる、巨大な蒼い苔に覆われた杉林の中。それぞれが座禅を組み、背をピーンと張り瞑想に耽る光景は壮観だった。
「ふむ、まさにここは聖地かも知れない。ひょっとしたら天使に出会えるかもしれない」と思った。瞑想の中で気が充満し、その力が脳天から入り込み体内を通って丹田に宿る。その気を一気に腹式呼吸と共に体外に放出する。邪気を体内から放出させるのだ。鋭い霊感が走る。
 が、突然気の力が消えた。「寒い」と思い、ふっと目を開けると撮影クルーが私を撮っている。「だめだ〜! 気が放漫になる。充満した気がカメラに吸い取られてゆく。どこかに行ってくれ! 一人にしてくれ!」と願うが、失った気はそうは復元できない。
 1時間半ぐらい座っていただろうか? ついに清らかな滝の流れや木々の呼吸と同化できないうちに終了の鐘が鳴った。欲求不満だが雨が激しくなってくる。やめるしかない。


美少女(?)が無心に清き流れの中で瞑想する。はたして彼女は何を夢想しているのか? 光景としては美しすぎる

二荒山神社〜原初の神社参拝

 上祐代表が神社にお参りする時は、「二拝二拍手一拝」が原則。こういった神社仏閣は祈願する場所である。何かお願いする前に、まず感謝から始めることが必要。人生は自分の力だけでなく、万物の支えに恩返しする、そして神仏に感謝する。何を祈願するのか? 外側の障害と内側の障害を取り除くことから始める。これがチベット仏教の始まりである。心の中の悪から自分が守られることが必要。お願いしながら自分も努力することが必要。
 雨が激しくなってきた。この雨にも感謝せよということなのだろうか?


中禅寺湖の西端にある「先手が浜」。観音浄土としての日光発祥の所らしい。ここで気功とヨガ、瞑想が2時間行われたが、その「修行」とはみんな自由に好き勝手にやってとても緩いものだった。これも光の輪の特徴か?

日光東照宮にて

 皆で昼ご飯を食べた。瞑想やヨガは基本、孤独な作業と言えた。だからいまだにこの集団にちゃんと溶け込むことが出来ない自分を見る。
 集団で、東照宮周辺の神社や仏閣の参拝が続く。修行はもうやらないのか? これでは単なる観光集団だ。午後一番で日光東照宮に。雨の中大勢の観光客がいる。これが紅葉シーズンだったら大変な人数になるに違いない。私は過去何度も来ているし、日光にはほとんど興味がない。徳川家康にも興味はない。家康は、最期に遺言で、「私をここに祭れ。私は平和の守り神になる」と言ったそうだ。「人生重い荷物を背負いて長い道を行くがごとし、急ぐべからず、不自由を常と思えば不足なし、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし」と、家康は言ったそうだ。「私は45歳でアレフ(オウム)を脱会しましたが、一歩一歩修正して、90歳まで生きるつもりですが、残された人生、何か成し遂げられればいいと思っています」と上祐氏は言い放つのだった。


輪王寺(山仏堂)参拝

 日光三社権現の本拠地である千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音がある。観音菩薩は慈悲の神様だそうだ。この三体は一体である。全ての人は未来の仏である。だから全ての人は未来の仏で観音菩薩である。しかしほとんどの人は自分の仏性を持っているがまだ覚醒されていないが故に、今現在はそれに苦しんでいる。観音菩薩は全ての生き物の母である。と三大仏像を前にしての上祐氏は語った。


上祐代表に最後のインタビュー。戦場ヶ原にて。もうここは木々の半分ほどが紅葉していた。あと1週間もするとここも紅葉狩りの団体に占拠されるのだろう

中禅寺湖畔の宿に泊まる

 今夜の泊まりは、なんとインド人経営の貧相な宿である。1泊素泊まり4500円と宿の案内には書いてあった。確かにひかりの輪の集団は普通の宿では敬遠され、宿泊を断られるのだろう。
 しかし、ここ中禅寺湖温泉は硫黄の臭いが気持ちよく、宿の露天風呂から湖も一望出来、私は充分満足であった。夕食はインド風カリーだ。実に美味しい。有名温泉地に来て夕食がカリーというのは初めての経験だ。
 しかし信者の集団の夕食はコンビニ弁当で部屋は雑魚寝状態。我々は個室だ。そうだ、私たちは「お客様」なのだと実感。
 温泉を堪能すると集会室で上祐氏の講話が始まる。

 聖地巡礼の意味には三つある。聖地の自然の霊気とヨガや瞑想で心身を浄化すること。その地の神仏に感謝と祈願すること。神仏の導きの教えを学ぶこと。
 普通、巡礼とは神仏に何かを願い事をすることが中心で、神仏に頼るだけが多い。そこで感謝はしない。先ずは感謝の心が優先されるべき。それによって、これまでの人生に何か不思議な力があるということを守護される。

 上祐代表の講話は2時間近く続いた。私にとっては別に目新しいことはなく、眠いことも手伝って、普通の宗教家が発する言葉の羅列に思えた。 「わたしゃ、四国お遍路で、様々なお寺で坊主から朝の講話でそんなことたくさん聞いたよ」と思った。私が聞きたいことは、「なぜオウムからアレフ、そしてひかりの輪なのか?」だ。
 ここで初めて、私はこの聖地巡礼に疑問を持った。あのオウム事件の総括としてこの聖地巡礼があり、今のひかりの輪の活動があるのだ、とは思えなかった。
 アレフがサリン被害者の救済活動を放棄した今、ひかりの輪が過去の罪の懺悔から救済活動を積極的に行っているのは知ってはいたが、この講話ではそのことに一切触れなかった。ひかりの輪の再出発の原点はここにあると思っていたが…。私は戸惑っていた。
 この日、これから上祐氏への単独インタビューを撮ることになっていた。そこで私は何を質問して肉薄すればいいのか、心の収拾がつかなかった。そして私は、一つの決意を持ってスリリングなインタビューに望むことにした。(以下次号に続く)



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ロフト席亭 平野 悠

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