SMILEY'S CONNECTION スマイリー原島 BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~

スマイリー原島の生誕記念祭『ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!』、6日連続の祝祭に出演する総勢42人のバンドマンによるコメントを公開

We Love SMILEY HARASHIMA, Forever!!

スマイリー原島の誕生日を祝福する6日間連続イベント『SMILEY’S CONNECTION スマイリー原島BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~』が、9月2日(水)から誕生日当日の9月7日(月)まで、下北沢SHELTER、下北沢CLUB Que、下北沢BASEMENTBAR、下北沢RHAPSODY、下北沢CLUB251、新宿LOFTで行なわれる。


バンドマンとして、ラジオDJとして、さらには数多くのイベントや音楽制作のプロデューサーとして活動してきたスマイリー原島。

今年1月6日に逝去した後、各地でのお別れ会やライブイベントが行なわれ、ラジオの特番が組まれ、長年にわたりMCを務めた『FUJI ROCK FESTIVAL』では追悼の意を込めて、盟友・池畑潤二らのROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRAとゲストによる“THANKS, SMILEY HARASHIMA”が行なわれた(池畑のインタビューはこちら)。

原島が立ち上げた音楽事務所であるSMILEY’Sが主催する、彼の誕生日を祝福する6日間のイベント『ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!』は、SMILEY’Sが拠点としていた下北沢にある馴染みのライブハウスを中心に、原島と親交の深かった多彩のバンド、バンドマンが大挙出演し、夜ごと“お祝い”する趣向(詳細はこちら)。


なお、9月7日(月)に行なわれる<day6 新宿LOFT編>は前売チケットが完売だったが、明日8月19日(水)正午より追加チケットが販売される。詳細はこちら


* * * * *


このたび、その『ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!』に出演する総勢42人に及ぶバンドマン、MCによるコメントが公開された。

いずれもスマイリー原島に対する愛情に溢れた内容で、人と人の縁を繋ぐ橋渡し役として誰からも愛された原島の人柄、彼がいかに慕われているかが窺える。


コメント依頼に際しての設問は以下の通り。


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

② 出演日の意気込み

※上記に関係なく、原島さんへの思いを綴った方もいらっしゃいます。


なお、下記のコメントに名前のない面々──水戸華之介、岡本雅彦、延原達治、MAGUMI、杉本恭一という原島のアクシデンツ時代からの盟友たちは、今回のイベント開催を前に座談会取材を敢行。記事は近日中にRooftopに掲載される。

<day1 下北沢SHELTER編> 出演の皆さん

◉ニューロティカ(イノウエアツシ)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

西新宿ロフトで朝まで飲んで2人でオレンジの快速に乗って自分は八王子のお菓子屋さんへ、原島さんは日野の職場に向かう電車の中で2人の目の前に座って寝ていた女性のスカートの中のパンツが見えて「アツシ! 今日もいい事あるぞ!」こんな大人になりたいと思った日。

西新宿ロフト最後の日、あの汚いロフトの狭い厨房で原島さんは酔っ払って寝てました! この人の背中を追うと決めました。いつもありがとうございます!!


② 出演日の意気込み

原島さんの紹介で番組のレギュラーを頂き、その番組で出来た曲を歌います。激しいまま、楽しいまま、明るいライブにしたいと思います。

◉増子直純(怒髪天)


原島さんとの出会いはいつだったのか? 余りにも昔過ぎて正確な事は忘れてしまったが30数年前である事に間違いはない。

とにかくお世話になりました。特に九州勢の大先輩から後輩まで繋いでくれたのは原島さんでした。

一時期は下北沢で高確率で遭遇してたなぁ。熊本に帰られてからもツアーで行けば必ず顔を見せてくれたし、

キャンペーンでも原島さんの番組に呼んでもらったりでなんだかんだ年に2回くらいは会ってたかも。

もう会えないなんてなんか未だに信じられないんだよね。あの豪快でガッサガサな笑い声で今にも現れそうでさ…。

寂しいですホントに。

だから俺の中では暫く会えてないだけって事にしときます。

現実なんてクソ食らえ!

◉ウエノコウジ(Radio Caroline)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

よく飲んだ。

可愛がってもらった。

優しかった。


② 出演日の意気込み

思いを馳せながらしっかり演奏させてもらいます。

怒られないように。

怒られたことないけど…

◉ハッチハッチェル(デキシード・ザ・エモンズ)


我々デキシード・ザ・エモンズはなんでもない頃から原島さんに目をかけていただき、憧れの新宿ロフトに出してもらったり、スマイリーズの大イベントに組み込んでもらったりしてました。

音楽事務所スマイリーズにはコピー機があったのでチラシを頼みに行くと、当時ヒマ(モ)だったアタシに「おうハチ! カツ丼食うか?!」と原島さんは必ずカツ丼を出前でとってくれました。いつもお金がなかったからほんと美味しかった。もちろん昼時に合わせて行くんですが。

原島さんはバカなことが大好きで気が合いました。バンドより『ペイス&ギランのイアン兄弟』というハードロックDJコンビ(アベくんとアタシ)のほうが好物だった原島さんはよくイベントに呼んでくれました。必要ないのに。笑いたいだけなんです。「正月に新宿ロフトが1日空いちゃったみたいだ。ハチ、なんかやるか?」「じゃあ、西新宿ダンサーカーニバルってのはどうですか?!」となり、あのロックの殿堂ロフトのステージの機材をすべて無くしてバカ踊りをする素人が次々に出てくるイベントをやったり。当日原島さんは腹を抱えてガハガハ笑ってるだけなんです。

その後もアタシの結婚パーティーでの変な挨拶とか、フジロックでは飲みと朝食は毎日ご一緒だったり、下北沢音楽祭などなど、他にも面白いことや言えない事は数えきれません。最近では熊本にライブに行くと必ず来てくれて一緒に飲み、音楽以外のバカ話を繰り広げ、みなさんご存知のようにソファーに寝てしまった原島さんを起こさないように帰る、という恒例行事が続いておりました。いつもいつの間にかいなくなってるか寝てるかなんですよね。そしてそれは最後まで。ほんとうに楽しい人でした。ありがとうスマイリー、また会えそうだネ!!

<day2 下北沢CLUB Que編> 出演の皆さん

◉ハヤシ(POLYSICS)


スマイリー原島さんとは98年ごろに出会ってから、これまで大変お世話になりました。

ライブハウスやフェス、ラジオ、そして打ち上げの席など、沢山の場所で多くの人を笑顔にしてきた原島さん。

自分たちもその一人です。

思い出は尽きませんが、一番の思い出と言えば「FUJI ROCK FESTIVAL ’99」です。

自分たちはホワイトステージトップバッター。

初のフェス出演ということもあり、当時はとても緊張していました。

原島さんは普段はグリーンステージのメインMCでしたが、わざわざこちらのステージまで来てくれて「それでは紹介しようー! ポ・ポ・ポ・ポ! ポリシ〜ックス!!!」と呼び込みをしてくれました!

あの熱い呼び込みのおかげで緊張がほぐれ、良いライブが出来たことは今でも忘れません。

9/3の『スマイリー原島BIRTHDAY FESTIVAL』では、原島さんへの感謝を込めて、当時のFUJI ROCK FESTIVALのセットリストを完全再現しようと思っています!

「ガハハ! お前ら! マジか!」と、あの豪快な声で笑ってくれるような楽しいライブをして、フラワーカンパニーズ、スクービードゥーと一緒にイベントを全力で盛り上げたいと思います! トイス!!!

◉コヤマシュウ(SCOOBIE DO / ボーカル)


初めて会った時に「お前らホント最高やね!」と言ってくれて、

それから、会うたびにいつも「お前らホント最高やね!」と言ってくれて、

僕はそれが、いつもとても嬉しかったです。


原島さんに会えて良かったです。


原島さん、ありがとう!

◉マツキタイジロウ(SCOOBIE DO / ギター)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

今から30年近く前、下北沢のCLUB Queで「ビバ!ヤング!」に初めて出演させてもらった時、僕らのライブを見た原島さんが「最高だった! お前ら全力で側道走ってて最高だ」と言ってくれて、自分では本道のつもりだったけどホントに嬉しかった。今だに本道と言う名の側道を全力疾走してます! 原島さん!


②  出演日の意気込み

フラワーカンパニーズとPOLYSICSとの共演なので絶対に楽しい1日になると今からワクワクしてます! 90年代後期に戻った気持ちで一緒懸命鳴らします!

◉ナガイケジョー(SCOOBIE DO / ベース)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

原島さんがいると場がすぐに賑やかになる。

あの声で、大きな声で、しっかり目を見て話しかけてくれるから、自然とコチラもいつもより大きな声で返してしまう。

みんなの笑い声も大きくなる。

「今日はオレがステージに呼び込むから」って時は、嬉しかったし、身の引き締まる思いでした。


② 出演日の意気込み

下北沢にお馴染みの、賑やかなメンバーが集まっています。大きな声と音で、しっかり届けます。

原島さん、見ててください(ステージに呼び込んでください)ネ。

◉オカモト“MOBY”タクヤ(SCOOBIE DO / ドラム)


1998年8月19日、下北沢CLUB Que「ビバヤング」出演時に「おまえら最高やね!」と褒めていただき、それまで全く経験したことのなかった(そして実に下北沢らしい)ライブハウスでの打ち上げで「どんなの聴くんや?」「ブラックミュージックはもちろんですけど、スワンプ・ロックも好きです」「マジか! 我が道行きすぎやな!」と、とにかく満面の笑みで応えてくれたこと、昨日のことのように覚えております。それから間もなく池畑潤二さんや田中元尚さんといった“ドラマー兼草野球選手”の先輩方と一緒にプレイされていた草野球チーム「ルーモアズ」に助っ人として呼んで頂き、下高井戸の野球場で一緒にプレーしたことも。原島さん、あのとき「俺、打撃よりキャッチャーの方が好きだから、今日は指名打者ならぬ指名捕手やるわ」とずっとキャッチャーやっていたことを目の当たりにし、ボクはそこで底なしの優しさというか、目配せというか、お人柄を感じてしまいました。


原島さんが集めてくれたマブの3バンドで楽しくやりますので、

地下2階のいつものとこで、お待ちしてますよ、原島さん!

◉グレートマエカワ(フラワーカンパニーズ)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

下北のライヴハウスで飲んでるとかなりの確率で現れる人、それが原島さん


②  出演日の意気込み

スクービーとポリとの気心知れた対バン、楽しみたいと思います

<day3 下北沢BASEMENTBAR編〜supported by VIVA YOUNG> 出演の皆さん

◉パッチ(GYOGUN REND’S)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

やっぱりルースターズのトリビュート盤かな。

当時(1999?)ルースターズのトリビュートを作ってるとの噂を耳にした。

そして仕切ってるのが原島さんだと知り、

何故オレ達に声がかからないのか!? と直接電話した。

(単純にアマチュアで人気ないからじゃ)

最初は、んーとイイ返事なかったんだけど、粘って、

トリビュート参加させてくれなかったらオレ達もう◯◯◯のカバーしかしない!!

ルースターズもうやらない!! と訳分からんキレかたしたら、原島さん笑ってそれは困ると。

そして、わかったよ!! とOKしてくれた。

嬉しかったね。

しかし、その後やる曲3回NGだされたけど!!


② 出演日の意気込み

NG出された曲の理由に、

その曲はオレが大江から正式にもらった曲だからダメだ!! と言われた曲があるんですが・・・本当ですか!?

その曲やろっかな。

◉石坂マサヨ(ロリータ18号)


スマイリー原島さま


この度ロリータ18号は9月4日下北沢BASEMENTBARで原島さんお誕生日おめでとうライブをやります。


今更ながらですが…


初めて原島さんにお会いしたのはいつだったんでしょうか?


その昔、

有楽町旧社屋オールナイトニッポンのラジオ?

新宿リキッドルームでやっていたイベント?

渋谷ON AIR EASTの「BENTEN vs KOGA」?

スペースシャワー「SOHO」…が初めてではないですよね☆


気がついた時には既に我々忌野清志郎さんの弟と妹となっておりまして沢山遊びました。


どこからともなくやってきた「頭、丸坊主ブーム」で清志郎兄・原島弟・マサヨ妹が皆丸坊主頭の中、下北沢LADY JANEで高いワインを飲みまくり、酔っ払って〆に出される茶そばつゆのお椀がわからなくなり…

左手をグーにした親指の付け根辺りに茶そばを乗せて食べていた事が昨日の事の様に感じられます。


本当に出鱈目な日々、そして最高に楽しかったアノ頃。


最後にお会いした時は数年前の下北沢CCO、MG’sアコースティックライブをした後のフロアで。


「おまえはやっぱりバカだな〜! でもマサヨはそのままで行け!」って言われたからアタシそのままで行きますね、最後まで。


スマイリーさんなんて呼んだ事ないけど…


ありがとうございました、スマイリー原島兄さん。


清志郎兄やイノマーに宜しくです!


とにかく、お誕生日おめでとうライブ全力でいつも通りやりますね★

◉クラヤマナオキ(VIVA YOUNG!主宰)


原島さんとは本当に色々な仕事や、

イベントを一緒にやらして貰いました。

笑ったり、悩んだりと忘れられない事が、

沢山ありました。


原島さんから貰った原島語は多々ありますが、

今でも大事にしているのは、

『品はないけどエチケットはある!』です。

素晴らしいキャッチだと今でも思います。


当日は原島さんが喜ぶ顔をイメージして、

キャリアのあるバンドと若手を集めました。

笑かしますよ。


ありがとうございました!


追加:原島さんについては私の連載

音楽の現場から〜START TODAY!の、

〈11話〉〜〈13話〉に書いています。

ご参照下さい。

https://note.com/lucky_wolf7951/m/me214484f75d0

<day4 下北沢RHAPSODY編> 出演の皆さん

◉富澤タク


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

下北沢界隈で時折飲んだ時の

枯れたビンテージボイスと

そん時の少年のような笑顔が

その裏にゆらめく人生の苦味が

染み付いて忘れられません


ありがとうございました


② 出演日の意気込み

おそらくゆっくり話すことができた

最後の場所ラプソディー

そこで誕生日を祝うライブに参上できること

光栄です

学生時代に初聴でズドンときたあの曲

カバーしたいと思っています

◉高畠俊太郎(LOOP LINE PASSENGER)


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

色々な思い出がありますが、昼から下北をプラプラして、踏み切りの所にあったスマイリーズを襲撃して、冷蔵庫開けてビール全部飲んで、出前でカツ丼頼んで、原島さんも一緒に飲んでたけど、そんな何でもない毎日が今となっては夢のようです。


② 出演日の意気込み

原島さんと作ったPOINTERのアルバムとAUTO PILOTのミニアルバムの曲をやります。

◉GUNN


原島さん、誕生日おめでとうございます。

歳ももう少しで追いつくのではと困惑してます。笑


僕が上京後に初めてのイベントをスマイリーズで

やらせて貰う為の打ち合わせがありました。

原島さんが会うなり、

「お前! どこにおったとや?! 探しよったとぞ!」

と、言われ何の事か・・・。

後々聞くと僕が北九州で活動していた時のバンドを知ってて、

解散後も探してくれていたようでした。

その後に何のツテもなく上京した僕にとって、

本当に嬉しい一言でした。


その後も何度かイベントをご一緒して貰い、

最後のイベントの打ち上げでこう言われます。

「もう下北に帰ってくるなよ!」

それは、いつでも帰って来いよ、にも聞こえました。

嬉しかったなぁ。


兎に角・・・この時、後押ししてくれた大先輩がいなかったら、

今の僕はいなかっただろうと切に思います。

こんな僕を見つけてくれて感謝しかありません。


その後も様々な場面で本当にお世話になりました。

ありがとうございました。

重ねて、誕生日おめでとうございます。

◉松岡モトキ


原島さんに初めてお会いしたのは、僕が新宿ロフトの店員をしていた83年あたりのアクシデンツのライブでした。


まだ原島さんが福岡に住んでいた頃かな…

そこから長きに渡りお世話になりました。

音楽活動をする上で沢山のヒントをもらいました。本当に感謝です。


小滝橋の新宿ロフトの最後の日、そのラストステージを原島さんが言ってくれた「BL.WALTZがやれ!」の一言で実現できたこと。(そう、実は新宿ロフト最後の演奏者はBL.WALTZなのでした!)

あれは嬉しかったなあ、、


それからロフトの野球チームで何年もバッテリーを組んだことも大切な想い出です。


原島キャッチャーの「しまっていこーぜ!!」という、あの元気なかけ声はいつまでも忘れません。


原島さん、

ありがとうございました!!

<day5 下北沢CLUB251編> 出演の皆さん

◉中尾諭介(In the Soup)


「インザスープは野音でワンマンライブをやります!」と2000年頃、NACK5のラジオの生番組でDJだった原島さんがいきなり言い放った。

その時まだ、やれるのかやれないのか、事務所もレコード会社もどうなんだリーリーリーな状況で、事務所社長のシゲさんと仲良しだった原島さんは状況を知ってる上で、生放送でいきなりそう言い放ち、ゲスト出演してた僕は「え、いやいや、、」とたじろいでいると「こういうのは先に言ってしまった方がいいんだ、後からついてくるから」的なことを方言であっけらかんと生放送で言い、そのおかげでその後、その動きになり、実際に野音でワンマンが決まった。

学校出前ツアーでは司会をしてくれたり、映画やドラマに出演するきっかけを作ってもらったり、インザスープを広めるために、個人的にも本当に沢山の力を寄せてもらいました。

何より僕が原島さんの事を初めて近く感じたのは、その頃自分は、周りの変化やスピードについていけず、心にあるモヤモヤで動きづらくなっていた時、整理できていない部分、誰にも言ってない、自分でもわからない心の状態を原島さんに打ち上げの席で言い当てられた事。

相談をしたわけでもないのに、飛び越えて塀の中に入ってきて、そのまんま心が透けて見えてるような、「なんでこの人はわかるんだろう」と楽にさせてもらった事。

それもあの笑顔であっけらかんと塀をなくしてもらい、陽の当たる方へ誘ってもらった事。

後々思うに原島さんは、どれだけの縁を繋ぎ、どれだけのバンドマンや音楽好きの心に陽を当ててきたんだろう。

その中の一人として今も歌えているのは、あの頃もらったたくさんの陽のおかげです。

一度だけ真剣に怒られたことがあり、その後、原島さんと会う度に話す笑い話になりましたが、9/6(日)下北沢Club251にて、改めて肝に銘じながら、その話もしつつ、その頃の曲を中心に大スパークできたらと思います。

◉吉田一休(ドミンゴス)


見えなくなったけど、まだ原島さんはいる。

だってそんなもんよ。


高校時代、毎日のように一緒にいた友達がいる。

今では何十年も会っていないし、連絡先も知らない。

でも、「どこかで元気にやってるんだろうな」って思ってる。


人って、見えなくなっても、心の中からいなくなるわけじゃない。

原島さんも、そんな感じ。


本当にお世話になって、何かあれば(何もなくても)原島さんの事務所に行って。

いろんな人に会わせてくれて、一緒にバンドやったりして。

気を抜いて、大先輩であること忘れて友達みたいに話しかけて、殴られそうになったり。


僕の5%くらいは原島さんが作ったんじゃないかと思う。

とても沢山の影響を受けました。


今更ながら、本当に尊敬しています。


だからこのライブは、悲しいお別れのライブじゃなくて、原島さんがつないでくれた音楽や人との縁を、みんなで笑って思い出せる夜にしたいと思っています。

原島さんもきっと、どこかでニヤニヤしながら見てる。

そんな気がする。

◉石塚明彦(太陽の塔)


1990年代の後半、下北沢のライブハウスを色々と紹介して頂いたのが原島さんとスマイリーズコネクションのスタッフの方々でした。

イベントにも沢山呼んで頂き、感謝しております。


ローザルクセンブルク、ボガンボスのどんとさんを紹介して頂いたのも原島さんです。

おかげで憧れのどんとさんのバックで3回もドラムを叩かせて頂きました。


『どんと+太陽の塔』

日清パワーステーション、横浜ベイホール。そして下北沢club QUEではワンマンもやらせていただきました。

それはそれは人生最大の思い出です。

ワンマンの打ち上げで原島さんに「いったいお前らはどの音源をコピーしたんじゃ」と苦笑いされました。

背伸びしたけど届かなかったなぁ。


太陽の塔が解散した後にフジロックでアルバイトをしてたら、原島さんにバッタリ会いました。「何しとる」と聞かれ「出演者に弁当配ってます」と答えたら、

またまた苦笑いされました。


アニキ愛してます。


9/6は30年前に戻ったつもりでがんばります。

◉菅原龍平


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

いつ会っても昨日まで一緒にいたみたいに話しかけてくれました。嬉しかったです。


② 出演日の意気込み

このラインナップの251、エモい(使い方が合ってるのかわかりませんが)夜になると思います。

<day6 新宿LOFT編> 出演の皆さん

◉山川のりを


原島君とのコネクションズのライブは毎回打ち上げでのバカ話を実行するのが名物でして。

「次のライブは衣装黒で統一」「今度は衣装赤で」など毎度馬鹿馬鹿しく

極めつけの青で統一のお題の折は青い牛乳パック、青色ボディのバイクをステージに上げるというエンジン始動して排気ガスで気持ち悪くなる&借り物競争になるほどエキサイティングでした。

コネクションズライブも閉店状態の折、何処かの地方イベントで「原島君、熊本にいるなら熊本ギターパンダでゲストボーカルしてよ」と毎度お馴染みの打ち上げで理由なき実現話を実現しました。

おそらく2014年熊本ギターパンダでのライブがスマイリー原島君の最後のステージだったと思われます。

その時の打ち上げの馬鹿話の実現はどうしますかな。

◉伊東ミキオ


「原島さん、ありがとう」

原島さんとの思い出は、数えきれません。

SMILEY & THE DOCTORS、そしてCONNECTIONS。二つのバンドで共に音を奏で、朝までどんちゃん騒ぎの打ち上げをして……ここではとても書けないようなこともたくさんありましたね。

そんな中でも、特に忘れられない出来事があります。

SMILEY & THE DOCTORSをやっていた頃、僕はピアニストとして伸び悩んでいました。それを見抜いた原島さんから、「オマエ、どの曲でもいつも同じようなフレーズばっか弾いて、もっとなんか引き出しなかとや!?」と言われたことがあります。叱られたというか、自分の甘さを見透かされたような感覚で、「あ、やっぱり気づかれていたか」と随分落ち込みました。

数日後、気持ちを入れ替えた僕は、原島さんに電話をかけました。「もっといろんな音楽を聴いて、たくさんのフレーズやメロディを勉強します!」

すると原島さんは、「うんうん、よかよ、よかよ。がんばってな、引き続きよろしくね」と、とても優しく応えてくれたのです。厳しい指摘のあとのその温かい言葉に、驚きと同時に救われる思いでした。

今の「伊東ミキオ」というピアニストが存在するのは、紛れもなくあの瞬間があったからです。

今でも音楽や自身のピアノスタイルに迷った時は、いつもこの出来事を思い出します。

ステージの上で最高のバンドサウンドが鳴り響いた瞬間、原島さんが見せてくれたあの笑顔と歌声を、僕は一生忘れません。

またいつか一緒にやりましょうね。

原島さん、本当にありがとうございました。

◉篠原太郎


ハメチに、タローおまえはランボーやれって仮装したり、衣装借りて来てみんなで大喜利やったり、

コネクションズのライブは楽しかった記憶しかない!


またやれるの楽しみです!

◉松藤雷蔵


原島とは同じ歳で博多からの付き合いだから40年ぐらいたったのかな人生の半分ぐらい

色々あったけど原島には感謝しかないです。

当日の演奏は初めての曲、久しぶりの曲なので送ってもらった音源、VHSビデオ、カセットテープで確認中。本番をお楽しみに。

◉大島治彦


俺が福岡に住み始めた18歳の頃に知り合った。

もちろんその前からジ・アクシデンツのボーカルとしては一方的に知っていたけどね。

今まで全く聴いた事のない声でロックンロールを歌われてた。

原島くんの歌が大好きだった。

そして俺を色んな人に繋げてくれて、レコードもたくさん貸してもらった。

一緒に作ったカセットテープ1個、アナログ盤1枚、CD1枚、オムニバスCD

全部が俺の宝です。

原島くんの曲はずっと歌い続けます。

初めて見た時は雲の上の人

そして、本当に雲の上の人になってしまった。

最後の最後まで先輩面してくれた。

ありがとうございます。

また俺とバンドやってください

◉中島“NAKA-G”芳生


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

スマイリー&ドクターズに加入して最初の九州ツアー。

その時、原島君が私の実家に遊びに来ました。

実家には、家族みんなが一目置く「磯野波平」のような怖い祖父がいて、「これは緊張するぞ…」と思っていたのですが…。

そんな心配はわずか5分で終了!(笑)

気が付けば皆で酒を呑み、料理をつまみ、大笑い。まるで昔からの飲み仲間のようでした。

「いや~、原島君は人の懐に入るのが本当にうまい!」

当時からその人柄は抜群で、誰とでも自然に打ち解ける力を持っていました。そして帰り際、爺ちゃんがポツリ。

「原島君ちゃ~よか男たい!」


② 出演日の意気込み

確か、一度目の「再結成ライブ」以来だから……四半世紀ぶり!? 本当に楽しみです!

あの長~いMCはもう聞けないけれど(笑泣)、当時の曲を聴いていると、あの頃のいろんな出来事が次々によみがえってきます。

ゲストも懐かしい顔ぶれ(そういえば共演の〇〇氏は昔HARPで飛び入りしたりしてました!)に加え、原島君の人脈を感じさせる個性豊かな演者の皆さん。きっと素晴らしいイベントになることでしょう。

あの頃を知る皆さんと、また同じ時間を共有できることを、楽しみにしています!

◉穴井仁吉


僕が初めて原島と会ったのは、原島が高二で僕は浪人中の頃。

今度、陣さんがロッカーズってバンド作るっちゃけど、ベース弾いてくれんかねって話しかけてきて、その頃の原島はパンクウニ頭でしたが、その時一緒に誘われた後藤と後日、大博多ホールに陣内のバンドを観に行きました。

RAMONESの電撃バップなど演ってたと思いますが、パンクの事はあんまり知らなくて、ピンと来なくてその時は断りました。1977年の夏前でしたかね。


その後、THE DRILLやMOZZ、最後のサンハウスや出来立てのシーナ&ザ・ロケッツの波にのまれ、後藤はTHE MODSに僕はTHE ROCKERSに加入しました。

TH eROCKERSのデビュー後、80’s FACTORYでのライブの打ち上げで、アラレちゃんみたいなメガネをかけた原島に会いました。専売公社で働いてましたね。


僕はTH eROCKERSを辞めて福岡に戻って来てTHE MARQUEESを演ってましたが、自然消滅。

そのタイミングで、THE DRILLやTHE MODS、THE ROCKERSのメンバーで結成された、THE ACCIEDENTSに誘われて加入。

その後、JUKEレコードの松本さん界隈のバックアップで1st EP ‘NIGHT TIME’ をリリース。


僕はTHE ACCIEDENTSのメジャーデビュー前に脱退しましたが、3、4年前、原島から、何でアクシデンツやめたと? って聞かれたから、パブロックじゃなくなったけんねって答えたけど、それも一つの理由ではあったけど、、。


THE ACCIEDENTSは上京後解散。

原島はDOCTORSやCONNECTIONSの後ですかね〜SMILEY’Sを立ち上げプロデューサーオーガナイザーとして持ち前の愛嬌と度胸で先輩ミュージシャンと後輩ミュージシャンを繋げました。FUJI ROCKのMCとしてもなくてはならない存在でした。


これからますますって時に原島は亡くなってしまった。


でも、原島の残した物はこれからも続いて行きますね。


2026年7月24日、FUJI ROCKERに囲まれたグリーンステージに映し出された原島。泣いたッス。


数年前のTH eROCKERSの再々結成でMC原島から、ニキやん、また陣さんとステージに立てて良かったねって言われた時、本当に嬉しかったです。


SMILEY HARASHIMA ありがとう。in PEACE LOVE & UNDERSTANDING.

◉中谷ブースカ


1983年〜1985年頃。

・夕方、ラジオ出演の後、自転車で競争しながら帰宅してたら車と接触事故。当時お気に入りのグラハム・パーカーの黒デカサングラスで暗がり飛ばしてりゃそりゃ事故るやろ〜の件。

・アルバムジャケットにもなった『ジャンピング・ジャム』。勢いよく客席にダイブしたものの、お客さんみんな避けてしまって、亀のポーズで客席床にズッコケ落ちてしまった件。

・自宅アパート火事の翌日、警察がストラトのアームで焦げ臭い服とか引っ掛けながら「コレなに? コレなに?」と現場検証で問い詰められてた件。

などなど。

憧れのロッカー追いかけてカッコよく振る舞ってたけど、なぜかお茶目なエピソード満載のハメチ。

面倒見のいいハスキーボーカリスト、センパイ、トモダチ、相談役、ヤンチャ坊主、愛されキャラ・・・

そんなハメチの生誕祭に誘っていただいて感謝します。

◉宙也


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

かつて80年代にはレーベルメイト(アレルギーとアクシデンツ)で、90年代にふとしたことで下北沢で落ち合い、ずーっとお互い気持ちよい距離感で共振していました。


② 出演日の意気込み

博多時代によくやっていたというドアーズの曲、柴山下山コンビ作のアクシデンツの曲を、コネクションズ+下山淳にて歌います。

◉仲野茂


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

原島との出会いは!? 覚えてないけど、たぶんアナーキー(ギター)藤沼伸一に紹介?されたと思う、伸一と原島は、80年代、アメリカにザ・ローリング・ストーンズを観に行くツアーで一緒になって仲良くなったらしい。俺と寺岡も行こうと思って、ストーンズ・ツアーに申込みをしたら、もう定員いっぱいで残念ながら行けなかった。

出会いを覚えてないのは、原島は初対面でも相手のフトコロにスルッと入って、もう何年も会ってるダチのように接するのは、原島の才能だ! それでも長年、原島と付き合ってるヤツラは「ハメチ」と呼ぶ。

アナーキーのメンバーで、原島のことを「ハメチ」と呼ぶのは、ストーンズ仲間の伸一だけだ、ストーンズ・ツアーに行きそびれた俺と寺岡は、原島と呼んでいる。


② 出演日の意気込み

選曲は、ベースの岡本雅彦が選んでくれたアクシデンツの曲でいきます

◉藤沼伸一


原島と初めて会ったのが、

1981年ニューオリンズでのローリング・ストーンズのライブの時で、

その時、ライブ観戦ツアーのバスの中でダミ声でウルサイヤツが居るなぁーって感じで~(笑)


その後 お互い大した素性も明かさずに打ち解け、帰りの飛行機の中でお互い免税店で買った洋酒を空けてベロベロに(笑)


途中で飛行機乗り換えで

冷えに冷えたアンカレッジ空港(アラスカ)に着陸した時には、原島は座席の下に丸まって寝ていました。


それを無理矢理起こして 担いで

空港で温かいうどんを食べさせた思い出。


その後 何かのきっかけで旧新宿ロフトで偶然バッタリ再会。その時に初めてお互いの素性が分かって~それから本格的な付き合いが始まりました。


9/7 誘って頂き光栄です。

◉下山淳


初めて原島に会ったのは多分1983年だと思う。

以来、アイツらのバンドアクシデンツが東京でライブをやる度に俺ん家が宿舎になった。

俺も博多に行ったらアイツのとこに泊まったが顛末はご存知の通り(笑)


折りにつけずっと辺りにいてくれたのを感謝してる。

意見の相違はたまにはあったが、大体は俺のする事を笑ってくれたよ。


まあ、寂しいな。

◉稲田錠(G.D.FLICKERS)


原島クンとの出会いは忘れもしない1986年…

アクシデンツがアルバム“POWER HOUSE”を出してすぐの頃、新宿LOFTの深夜BAR-TIMEでした。

俺はLOFTに出れるようになってまだ2年、そこそこのくせに生意気な24歳、カウンターで1人飲んでいました。当時のLOFTはカウンターの壁にゆかりのあるバンドの新譜や名盤が飾ってあって、“POWER HOUSE”がその中にありました。

店長だった蟹江とアクシデンツの話をしていたら原島クンが1人で飲みに下りてきて、「あーっ! アクシデンツの原島クンやろ? 知ってるでー」「このジャケット、何でランニング一丁で写ってるん?」等々失礼極まりない言動を繰り返す俺に「ワハハ! お前バカやろ? 一緒に飲むか!」「お前、生意気やけど面白いヤツだな!」とか言ってくれて朝まで飲んだのが出会い。

アクシデンツのライブにも行くようになりました。先輩なのに初見で“原島クン”と言ってしまったので

その後もずっと原島クンで通させてもらいました。


1987年にアクシデンツがLOFTでワンマンをやったある日、19歳の新人バンドが急遽オープニングアクトで出ることに原島クンは気持ちよく了承したのに、

そのバンドはステージでアクシデンツを小馬鹿にするようなMCをしちまいました。

楽屋で出番前の原島クンの顔が曇り、初めて怒ったところを見たけどその後のステージでは関係なくゴキゲンなライブを展開したのをよく覚えてます。

そのライブの打ち上げ中、前座のバンドに再び怒り出した原島クンが「おぅ! ええかげんにせえよ! きさんら全員くらすぞ!」…若いバンドも黙ってません…「ジョー、ジョーはそいつやれ」

その後は昔のLOFTお馴染みの大騒ぎでした。

一緒に“大騒ぎ”の体験をすると関係は深くなります。

原島クンとはさらに親しくなり長い付き合いになりました。


他にもいろいろエピソードがありますが、多々問題もあり長くなるのでこの辺で。

熊本で療養中も何度か電話をかけてきてくれました。明るく破天荒だった原島クンありがとう。

そして誕生日おめでとうございます。

原島クンのエピソードはこの先もまだまだ続くよー。


今回のイベントでは原島クンの親しかったゆかりのバンドの曲を出会った新宿LOFTで唄わせてもらいます。

皆さんも楽しんでくださいね☆

◉サトウタイジ


原島さんと初めて会ったのは小滝橋の頃のロフトの打ち上げだったと思います。

僕のことを外国人と思い

「Nice to meet you!」と話しかけたら

「徳島出身や!」と返事をしたそうです。

本当かどうか定かではありません。


原島さんはいつどこで会ってもオモロくて楽しくてカワイくて最高なんです。


フライングキッズの浜ちゃんと沖縄のフェスで打ち上がっている時に向こうにいた原島さんが

「おーい、そこのモジャモジャとタコ坊主!」

と呼ばれたことが何故か忘れられません。


原島さん、そっちはどうですか? 楽しいんじゃないですか?

そっちでも元気でいて下さいね。

清志郎さんや鮎川さんによろしくお伝えください。


こちらはまだバカが戦争してます。


最近はそちらに行くのがちょっとずつ楽しみになってきてる自分がいます。


でもまだやらなきゃいけないことがあるので、がんばります。


また協力をお願いすることがあるかと思います。

その時は何卒よろしくお願いします。


それではまた。

◉内藤幸也


原島とは20歳くらいからの付き合いで、色々世話してもらいました。本当にありがとうございました。早過ぎるよ…。

でもね、この日のライブは楽しませてもらいやす!!

◉市川勝也


初めて原島さんにお会いしたのは、広島のライブハウスの出待ち少年だった高校生の頃。

時が過ぎて、

新宿ロフトで話をさせて頂くようになり、全然スマイリーではないと知る。

保身のために距離を測るべきかと思っているのにどんどん近くなってしまう関係。

そうこうしてるうちに、スマイリー原島さんの原島さんの部分を知り、好きになる。どんどん好きになる。

最終的にスマイリー原島宏和さんを知る。堪らなく好きになる。笑顔、優しさ、周りへの気遣い、適当さ、割とキレるとこ、寝言の様ないびき…それはもうどんどんどんどん大好きになる。

そして今も大好きのまま…もう一変化、大好きの先を楽しみたかったのに、大好きなままになってしまった。。。

心の底からありがとうございました。

これからもずっとwith SMILEYです。

◉高橋浩司


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

スマイリー原島とのエピソード、思い出。

やはり、フジロックでしょうか。PEALOUTが出たことを自分のことのように喜んでくれて、

レッドマーキーでの解散ライブの時も、ステージ袖で見守ってくれていたこと忘れません。

あと、私は完全な下戸ですが、原島さんとだと(無理にでも)日本酒が飲めてしまうマジック(もちろん激気持ち悪くなります)。


② 出演日の意気込み

出演日の意気込み→とにかくこの日はシャープな8ビート心がけます!

そして、やってて楽しい曲を、やってて楽しいメンバーと、ロッキンにお届けします!

原島さん、待ってますよー!

◉ウルフルケイスケ


20歳の時にやっていたバンドがアクシデンツとレーベルメイトだったので、一緒にツアーを回ったり福岡に行った時はメンバーの自宅に泊めてもらったり。

その時から原島さんはどんな時にどこで会ってもずっと変わらず「おっ、ケイスケ!」と人懐っこい笑顔でいつでもフラットに接してくれた。

それって本当にすごいことだなと思います。

サヨナラは悲しいけどライブは原島さんの「おっ、ケイスケ!」を思い出して目一杯楽しみます。

◉澄田健


① スマイリー原島とのエピソード、思い出

初めて会ったのは251の楽屋。95年くらい。

その後は下北沢に行けば原島さんがいつも居た。

まさにシモキタキングである。

個人的に1番はコロナ前のロッカーズ。今思えば原島さんが居てくれたから出来たと思う。

同じくらい1番は去年の夏、音楽祭の都夏の打ち上げの後、澄田飲みに行くぞ〜! って。2人で飲みに行くなんてほぼ初めてだったかもしれない。

他愛もない話をして帰った。また会えると思ってたけども。


② 出演日の意気込み

やっぱりそのロッカーズの曲を演りたいと思ってます。

◉横山英規(ザ・スリル)


原島氏との出会いはザ・スリルの立ち上げの頃、別人のサックスプレイヤーのスマイリーをバンドに誘いたく間違えて電話したのが始まりです。声を聞いた瞬間間違えに気付きましたが。

その後、バンドが事務所を離れてどうしようって時にスマイリーズにマネージメント?窓口?をお願いし、陣内孝則さんの映画“ロッカーズ”、舞台“バディ”、フジロックの出演等々大変お世話になったので、今回の原島イベントの話を聞いた時「何かやりたい!」と思い6年半ぶりに集まることなりました。これも原島氏の人柄でしょうね。

久しぶりなので賑やかし的な出演になりますがよろしくお願いします。

◉ちわきまゆみ


初めてちゃんとスマイリー原島さんと話したのは、1992、3年頃だった気がします。機関銃のようなトークにびっくりした記憶がありますw


その後、渋谷タワーレコードでのインストア・イベント「MUSIC DAY」での司会をご一緒するようになり、WOWOWでレギュラー番組をさせていただいたり、お互いの番組に出演し合うなどなど、たくさんいじっていただきました。


下北沢でばったり会って飲みに行き、ライブハウスで会えばまた飲み、なんだかいつも笑ってばかりだったなぁ。

9/7はこんな凄いメンバーをたった一人で司会することになるなんて!!

お化けでいいですから原島さん出てきてくださいね。楽しく一生懸命務めさせていただきます。

SMILEY'S CONNECTION スマイリー原島 BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~

<day1 下北沢SHELTER編>
2026年9月2日(水)下北沢SHELTER
出演:デキシード・ザ・エモンズ/Radio Caroline/ニューロティカ/怒髪天アコースティックセッション with 三宅伸治
OPEN 18:30/START 19:00
前売¥5,500/当日¥6,000(共にドリンク代別)
チケット発売:イープラス
https://eplus.jp/sf/detail/4563670001-P0030001
問い合わせ:SHELTER 03-3466-7430

<day2 下北沢CLUB Que編>
2026年9月3日(木)下北沢CLUB Que
出演:POLYSICS/フラワーカンパニーズ/SCOOBIE DO
OPEN 18:15/START 19:00
前売¥5,500/当日¥6,000(共にドリンク代別)
チケット発売:Live Pocket
https://livepocket.jp/e/que20260903
問い合わせ:AILE C.E Works 03-5433-2500

<day3 下北沢BASEMENTBAR編〜supported by VIVA YOUNG>
2026年9月4日(金)下北沢BASEMENTBAR
出演:GYOGUN REND’S/ロリータ18号/自爆 DJ:フミヤマウチ
OPEN 18:30/START 19:00
前売¥3,400/当日¥3,900(共にドリンク代別)
チケット発売:Live Pocket
https://livepocket.jp/e/xjx_l
チケット予約:ticket@toos.co.jp
問い合わせ:BASEMENTBAR 03-5481-6366

<day4 下北沢RHAPSODY編>
2026年9月5日(土)下北沢RHAPSODY
出演:富澤タク/松岡モトキ/GUNN/高畠俊太郎(LOOP LINE PASSENGER)/奥村大(wash?)
OPEN 18:00/START 18:30
前売¥4,000/当日¥4,500(共にドリンク代別)
チケット発売:TicketDive
https://ticketdive.com/event/rhapsody090526
問い合わせ:RHAPSODY 03-5656-3511

<day5 下北沢CLUB251編>
2026年9月6日(日)下北沢CLUB251
出演:In the Soup/ドミンゴス/太陽の塔/菅原龍平+山田貴己(the autumn stone)
OPEN 18:00/START 18:30
前売¥5,000/当日¥5,500(共にドリンク代別)
チケット発売:LivePocket
https://livepocket.jp/e/251260906
問い合わせ:CLUB251 03-5481-4141

<day6 新宿LOFT編>
2026年9月7日(月)新宿LOFT
出演:
CONNECTIONS
【岡本雅彦(B)、山川のりを(G)、田中ゲンショウ(Ds)、伊東ミキオ(Key)、篠原太郎(G)、松藤雷蔵(Sax)】
SMILEY & THE DOCTORS
【大島治彦(Ds)、中島芳生(G)、伊東ミキオ(Key)、松藤雷蔵(Sax) サポート:穴井仁吉(B)】
ゲスト:三戸華之介/中谷ブースカ/岡本様ひこ/MAGUMI/杉本恭一/延原達治/宙也/仲野茂/藤沼伸一/下山淳/稲田錠/イノウエアツシ/サトウタイジ/内藤幸也/市川勝也/高橋浩司/ウルフルケイスケ/澄田健
オープニングセレモニー:ザ・スリル
MC:ちわきまゆみ
OPEN 18:00/START 18:30
前売¥6,000/当日¥6,500(共にドリンク代別)
チケット発売:イープラス
https://eplus.jp/sf/detail/4563310001-P0030001
問い合わせ:新宿LOFT 03-5272-0382

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LOFT
TADANORI YOKOO