水戸華之介×岡本雅彦×延原達治×MAGUMI×杉本恭一
スマイリー原島生誕記念祭の開催を前に盟友たちが語り尽くす、“稀代の人たらし”の知られざる横顔
2026.09.01
人と人の縁を繋ぐ橋渡し役として誰からも愛されたスマイリー原島の人となり
スマイリー原島の誕生日を祝福するイベント『SMILEY’S CONNECTION スマイリー原島 BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~』が、来たる9月2日(水)から誕生日当日の9月7日(月)にかけて下北沢SHELTER、下北沢CLUB Que、下北沢BASEMENTBAR、下北沢RHAPSODY、下北沢CLUB251、新宿LOFTにて6日間連続で行なわれる。
バンドマンとして、ラジオDJとして、また数多くのイベントや音楽制作のプロデューサーとして活躍してきたスマイリー原島こと原島宏和だが、その死後に各地でのお別れ会やライブイベントが複数回行なわれ、ラジオの特番が組まれ、長年にわたり原島がMCを務めた『FUJI ROCK FESTIVAL』では今年、池畑潤二率いるROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRAと豪華ゲスト陣による特別企画“THANKS, SMILEY HARASHIMA”も行なわれた。その上、原島の生誕を祝う6日間のイベントに親交の深かった多彩なバンドやバンドマンが大挙出演するというのだから、世代も音楽的嗜好もメジャーもマイナーも問わず全方位から彼がいかに愛されていたのかが窺える。
怒涛の祝宴6連発開催を前に、原島のアクシデンツ在籍時からの盟友である水戸華之介(ex.アンジー)、岡本雅彦(ex.アンジー)、延原達治(ザ・プライベーツ)、MAGUMI(レピッシュ)、杉本恭一(レピッシュ)に、人と人の縁を繋ぐ橋渡し役として誰からも愛されたスマイリー原島の人となり、知られざるエピソードの数々を縦横無尽に語り合ってもらった。(Photo:大参久人 / Interview:椎名宗之)
アパートが火事になったのは博多時代のファイナルにして集大成
──原島さんとの出会いは、皆さんもれなくアクシデンツ時代ですか。
水戸 われわれはもちろん。延原も?
延原 そう。
水戸 博多に来たときだよね?
延原 プライベーツがスターレーン(福岡市博多区にあった多目的ホール)でライブをやったのが最初。岡本と一緒に行った。
岡本 そうだっけ?[編注:岡本はアンジー加入前、初期のプライベーツに在籍]
延原 そのときの原島君は、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドみたいに髪の横に筋が入ってて(笑)。
水戸 一番イキってた頃だ。東京から来たバンドは全部敵と見なしてた時代(笑)。
──この中で原島さんとの付き合いが最も古いのは?
水戸 たぶん俺やね。俺がハメチ(原島の愛称)と出会ったとき、岡本は博多におったんやっけ?
岡本 いや、俺はまだ東京におった。スターレーンでハメチに会ったのはあまり覚えてなくて、『嘆きのばんび』(1986年2月、アンジーが博多時代に発表した記念すべきファースト・アルバム)のレコーディングで俺がコーラスしたときに初めて会った記憶がある。
水戸 そんな後になるっけ? じゃあ圧倒的に俺が一番古いわ。博多行ってバンド始めた翌年に会ってるから、1982年か。岡本が入る前のアンジーで、ワンマンライブの打ち上げをしてたときに見ず知らずの男が急にやってきて、大騒ぎして帰っていった。だから「あの人は何だろう?」がまず最初。その1週間後くらいかな、当時、リハで使ってた所……手前がカウンターバーで、奥にリハスタがあるという変わった場所があって、そこのカウンターにハメチが座ってた。われわれがリハに行ったときで、リハ代がちょっと足りなくてね。みんな現金の持ち合わせがなくて。「マスター、ごめん。次来たときに持ってくるわ」みたいな話をしてたら、こないだうるさかった人が「俺が出してやる」って金を貸してくれた。それで「あの人は何だろう?」が「あの人はいい人かもしれない」に変わった(笑)。
──原島さんと水戸さんといえば、原島さんの外出中に住んでいたアパートから火が出て、それを水戸さんが電話で知らせたという有名なエピソードがありますよね。「あんたんとこが火事でぼりぼり燃えとるばい!」と連絡したという(笑)。
水戸 それに至るまで相当なアクシデントがあったんだけどね。火事はもうファイナル・イベントで集大成(笑)。その昔、博多の冨士映劇という古い映画館があって、そこでモダンドールズの佐谷(光敏)君とハメチが主導した『ロックンロール・サーカス』というアマチュア・バンドのシリーズ・イベントにアンジーが誘われたんだけど、企画がいざ動いても2人は何もしないわけ。そのイベントにはジューク・レコードの松本(康)さんが噛んでたから、「イベントの事務所としてうちのレコード店を使っていいよ」と全面的に協力してくれることになって、ジュークに集まることにしてたんだけど、俺と(中谷の)ブースカしか来ない。それで仕方なく松本さんを入れた3人で雑務を進めてるときに、ハメチが顔だけ出して騒いで帰っていく。もちろん雑務はやらないで(笑)。そのイベントを続ける中でハメチとだんだん親しくなった。
──MAGUMIさんと恭一さんが原島さんと知り合うのは、そのだいぶ後ですよね。
MAGUMI うん。ぜんぜん後。
杉本 あれやろ? 大宮フリークスの対バン。
MAGUMI そう。1985年か6年か。デビュー前だったと思う。
──同郷(熊本県)の先輩として原島さんのことはご存知だったんですか。
杉本 『宝島』の連載か何かで、原島君のアパートが火事になった話は知っとった(笑)。
水戸 ああ、博多の集大成を(笑)。その火事の後に、ハメチ救済を目的としたイベントを天神ビブレでやったんよ。そこで手描きのTシャツを公式グッズかのように売ったりして(笑)。
岡本 アクシデンツもアンジーも東京へ行くっていうことで、みんなの要らんもんをバザーみたいに売りさばいて。
水戸 そうそう。しかもハメチが持ってきたのは焼け残ったものしかなくて、「くっさー!」って(笑)。火事で燃えたものって見た目は綺麗でも、化学物質が充満するからもの凄く臭いんよ。焼却炉の臭いをもっと酷くした感じ。
食べる前から「これ美味かねぇ!」と言う習性
──アクシデンツと対バンしたレピッシュは、原島さんとすぐに打ち解けたんですか。
MAGUMI 大宮フリークスでアクシデンツとやったときは、原島君が隣の楽屋で暴れてて。「キサンら! レピッシュなんてガキのごたぁバンドに負けてどげんするとッ!?」って言いながら、壁や椅子をバッコンバッコン蹴り散らしてるのが聞こえた(笑)。
杉本 そのヤバいところへちょうどわれわれが通りかかってしまった。そしたら原島君が最高の笑顔で「ウィ!」って挨拶してくれた(笑)。
──九州の中で際立つ熊本県人特有の気質みたいなものってあるのでしょうか。純粋で正義感が強い肥後もっこすであるとか。
杉本 どうかなあ。でも原島君は熊本で育ったわけじゃないからね。
MAGUMI 出身は熊本だけど、基本的に福岡育ちなんだよね。ご両親が熊本だから気質はあると思うけど。
水戸 だけど山口出身の俺からすると、なるほどなあと感じたことはあった。俺が博多へ行ってすぐくらいに知り合った、暴走族をやってた2つ、3つ上の先輩が言うには、「ケンカになって一番面倒くさいのは佐賀の連中。熊本の奴らはカーッとなるのも早いけど、忘れるのも早い」と。確かにMAGUMIと恭一、それにハメチは近いところがあるのかなと思う。
岡本 熊本県人がみんな壁や椅子を蹴り散らすわけじゃないけどね(笑)。
水戸 確かにそれは風評被害だな(笑)。
──そうした九州勢の有り様みたいなものは、東京育ちの延原さんには異質に映っていたんですか。
延原 まあでも、みんな東京で会って仲良くしてたからね。
MAGUMI 延ちゃんの上品さは俺たちと全然違うよね。
水戸 それは俺も思う。何やかんや言って延原は根っこのとこが上品よね。
──MAGUMIさんと恭一さんは、原島さんとの距離が近づいたきっかけを覚えていますか。
杉本 うーん。いつの間にかだよね。
MAGUMI 俺は覚えてる。確か原島君のイベントに呼ばれたんよ。『アトミック・カフェ』っていうロフトでやってたイベント(1986年12月27日)。そのときに俺と恭一があまりにネイティヴな熊本弁を話すもんだから「お前たちは凄かねぇ!」って気に入られて、そこから仲良くなった。
杉本 ああ、それは覚えとる。
水戸 ぽいわ。そういうとこの評価点が凄く高いもんね。東京に負けじと熊本弁を使っとるってとこが。
杉本 原島君は福岡育ちやから、一文字のぐるぐるば知らんかったけん。俺とMAGUMIしか分からん話やけど(笑)。
── 一文字(ひともじ)のぐるぐるとは?
杉本 一文字というネギを茹でてぐるぐると巻き付けて、酢味噌で食う熊本の名物。それを40代の頃かな、熊本の居酒屋で見た原島君が「何やこれはッ?!」って驚いてた。いや、熊本の人間ならこれ知ってないといかんでしょ、って(笑)。
──居酒屋といえば、鶏の唐揚げを食べる前に誰かが勝手にレモンを絞ると原島さんが激怒したのをよく覚えているのですが(笑)。
水戸 そう? 俺の記憶では、むしろ勝手に絞ってたタイプだと思うけど。せっかちなところがあるから。
MAGUMI 食べ物の話でいくと、原島君は食べる前から「これ美味かねぇ!」って言うよね(笑)。
岡本 俺もそれに似た場面に出くわしたことがある。初めて入った店に入って1秒で「落ち着くねぇ〜!」って(笑)。いやいや、初めて来た店でしょ?! って。
水戸 それそれ! 「美味いねぇ!」に並ぶもう一つの名言。一時期、俺と岡本の間で流行った局地的流行語大賞(笑)。ハメチと同じアパートに住んでた頃、夜の12時過ぎに腹が減ってラーメンを食いに行ったときも麺をすくいあげただけで「美味いねぇ!」って言ってた(笑)。いや、あなたまだ一口も啜ってないよ? って言うと「そうやった、そうやった」って。
岡本 いつだったかみんなでラーメンを食べたときもハメチが「美味いねぇ!」って言うんだけど、伊東ミキオ君が「この麺、ちょっとアンモニア臭くないですか?」って言ったら「アンモニア臭いねぇ!」ってでっけぇ声で即答したのは笑った。あなたさっき「美味いねぇ!」って言ってたやん! って(笑)。
水戸 あるある。そういう流されやすいとこが(笑)。
──水戸さんは、原島さんと同じ動物園でバイトしたことがあったそうですね。
水戸 福岡市動植物園の駐車場のバイトね。先にハメチが始めてて、「とにかくラクやけん、お前もやれよ」って言われて。でもね、ハメチが働いてたのは山の上の駐車場で空いてたの。俺は下にあるメインの駐車場で、死ぬほど忙しくてね。話違うやん! って(笑)。同じ駐車場なのに、ハメチは「今日ずっと暇で、スポーツ新聞の全ページ読んだじぇ」とか言って(笑)。
アクシデンツの登場に「戦車みたいなバンドが出てきた」
──同時代のバンドとして、アクシデンツのことはどう見ていましたか。
岡本 まだ東京にいた頃、水戸君から「博多に戦車みたいなバンドが出てきた」という話は聞いてました。“戦車みたい”って(笑)。
水戸 ぜんぜん覚えてない。
MAGUMI 水戸君だったらそう言いそうだよ。
水戸 まあでも、そういうイメージやったよね。
岡本 元モッズと元ロッカーズのメンバーが集まってバンドを作ったって噂も凄くて。
延原 ジューク・レコードで作ったレコード(1984年に発表された自主制作12インチ『Nite Time』)があったでしょ? あのジャケットの写真でハメチがサングラスかけててさ、そのイメージしかなくて。で、アクシデンツと共演したスターレーンへ行ったら、さっきも言ったけどハメチはフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドみたいな髪型で。あとでハメチが自分で言ってたよ、「ああ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやったときやろ?」って(笑)。そのときは喋ったけど特に印象に残る話はなくて、その次にたぶん福岡で会ってるはずなんだけど、そこで「俺の若い頃はお前に顔がそっくりだった」とか言われて。
水戸 どういうこと?!(笑)
延原 当時でもまだぜんぜん若いし、原島君とは3歳くらいしか違わないんだけど。そもそも顔は全く似てないし(笑)。
──のちにイベントのMCやラジオのパーソナリティへ転向する予兆めいたものはバンドマン時代から感じていましたか。
延原 でも当時は楽屋や打ち上げで凄く喋ってるのに、ステージではぜんぜん喋ってなかったからね。「面白いんだから喋ればいいじゃん」って勧めても「喋れんのよ」なんて言って。ドクターズまでそんな感じだった。
岡本 スマイリー&ザ・ドクターズまではわりとその路線を保って、コネクションズでトークの才能を爆発させた。最初の1曲目が始まるまでに20分くらい喋ってたし、それでショーネン(手塚稔)は本番中に帰ったことがあった(笑)。
MAGUMI 一緒に野球をやってても、原島君がキャッチャーだとうるさいんですよ。バッターボックスに立つと、ずーっと話しかけてくるので(笑)。
水戸 しかもそれが野村(克也)監督みたいな戦略じゃないんよ。MAGUMIがおるのがただ嬉しくて、犬がキャンキャン鳴くように話しかけてくる(笑)。素直っちゃ素直なんだよなあ。
──原島さんと最後に会ったのは?
杉本 去年(2025年)の7月かな。
水戸 ハメチが『下北沢音楽祭』に来たときね。
MAGUMI 俺もそれくらいに会ったのが最後だった。
水戸 その年の4月に恭一と華恭で熊本へ行ったときは打ち上げに来てくれたし、5月に博多でイベントをやったときもMCで出てくれた。ここ近年では一番よく会ってたし、一番喋ってた年だった。
──今年の4月から5月にかけては華恭が『ゆらゆらゆらぐ』と題したツアーを行なっていて、時節柄、2人でいらっしゃると原島さんのことを思い返すことが多かったのではないかと思いますが。
杉本 今年の華恭のツアーでは、水戸君がどの会場でも原島君の話をしてた。2人はこんなに深い付き合いだったんだ? と初めて知るくらい、いろんな話が飛び出した。
水戸 ライブ1本につき1エピソードは絶対に入れようと思ってたから。7、8本ライブをやって、同じエピソードは話さなかった。
──水戸さんが原島さんのことを語るMCだけを収録したアルバムが作れそうですね。
水戸 2枚組、3枚組にもできるだろうね。テレビなら3時間特番は余裕(笑)。アパートの火事をファイナルとして、その前に車にはねられたとか、酔っ払って階段から転がり落ちて顔がボコボコになったとか、いろいろあってね。アクシデンツというバンド名にしたばっかりに事件や事故がやたら起こると自分でも言ってたし。
岡本 一時期、バンド名はエルヴィス・コステロの「Accidents Will Happen」じゃなく、ブロンディの「Accidents Never Happen」から取ったって話してましたね。
水戸 験担ぎみたいにね。ハメチはコステロが好きだったから「Accidents Will Happen」が由来だったはずなんだけど、あまりにもトラブルが巻き起こるから、後付けでブロンディの曲から取ったことにしてた。姓名判断で改名するみたいに(笑)。
──“Will Happen”でも“Never Happen”でもあの良く通るダミ声とテンポの良さでまくし立てられると嘘も本当になるというか、妙な説得力が生まれて話を信じてしまうところがありましたね。
水戸 そうそう。だからこそあれだけ人を巻き込む力があったんだろうし、愛され力がずば抜けてたね。
MAGUMI 熊本へ帰るとよく原島君やぶんちゃん(熊本県を拠点に活躍するディスクジョッキー、かなぶんやのこと)と会ってわいわいやるんだけど、そこで俺の後輩が一発で原島君のことを好きになるもんね。また必ず原島君に会いたいって言う。
──そういう稀代の人たらしみたいなところがありましたね。
水戸 だから戦国時代に生まれたら良かったのにね。世が世なら、口が達者で敵方との交渉をまとめる役目として重宝がられたかもしれない(笑)。
「カーッとなるのも早いけど忘れるのも早い」のは熊本県人の気質?
──コピーライターの才能も突出していたと思うんです。ジューク・レコードの松本さんに「これからロックは“年功逆列”で行きます」と宣言したり、スマイリーズという自身の事務所を“コミュニケーション・ファクトリー”と位置付けたり、「音楽はベンチャーではなくアドベンチャーであれ」という持論だったり、大江慎也さんも好んでいた「音楽に必要なのは子どもの目と大人の知恵だ」という言葉だったり。
水戸 “年功逆列”の話でいくと、俺はハメチの2個下で、岡本は3個下で、当時の博多の上下関係では“です・ます調”で話さなきゃいけなかったんだけど、ハメチは歳の差なんて関係なくすんなりと俺たちを受け入れてくれた。俺とハメチが一緒にいた時代の博多が、一番上下関係のうるさくなかった時期だったんじゃないかな。度量が大きいところを見せようとしてそうしたわけじゃなく、ナチュラルに受け入れられる度量がハメチにはあった。「お前はそういう文化なんやね」とスッと受け入れられる柔軟さというか、強みのようなものがあったのかなと思う。
──たとえば延原さんの立場なら、水戸さんや原島さんを介して九州のバンドマンを紹介してもらうことが多かったのではないかと思うんです。福岡と東京のパイプを繋ぐ役割というか。
水戸 まあでも、延原は俺たちよりもモダンドールズのほうが先だったよね。
延原 そうだね。
杉本 水戸君も原島君も上と下を繋ぐ人であるのは間違いないよね。
水戸 自然と上と下を繋ぐんだよね。無理なくそれをやる。
延原 どこでも騒いでるしね(笑)。
水戸 ただ、ハメチは意外と反省するんよ。反省はするんだけど、すぐに忘れる。
──それはさっき話に出た、「カーッとなるのも早いけど忘れるのも早い」という熊本県人の気質ですか?(笑)
杉本 いやいや、全熊本人が忘れっぽいわけじゃない(笑)。でも、どんな環境でもすぐに馴染めるのは原島君の凄いところだと思う。
岡本 初めての店でも1秒で落ち着くから(笑)。
杉本 原島君が宿無しだった時代が何年かあって、スカンクの(宮崎)洋一が住んでた四畳半一間の部屋に転がり込んだことがあった。足を伸ばせないほど物が置いてあった家なのに、2カ月も住んでたっていうんだから凄いよ。
水戸 それも1秒で落ち着く男だから(笑)。あと、俺らみたいな下のもんの意見を柔軟に受け入れるぶん、自分より上の人たちに対してもフラットに行けるところがあった。昔、博多に多夢というライブハウスがあって、そこのマスターだった菅(忠雄)さんっていう人が名うての曲者でね。みんな気を遣うようなタイプだったのに、ハメチは例外的に菅さんに対してグイグイ突っ込んでた。菅さんはだいぶ身体の大きな人だったから「怒ってもいいけどボディプレスはやめてね!」なんてハメチがおどけて(笑)。その姿を見て、ああ、目上の人にもツッコミを入れていいんだなと思った。
──確かに原島さんはサンハウスやロケッツのメンバー、直系の先輩だった陣内孝則さんにも物怖じせずに渡り合うところがありましたね。
杉本 その辺は水戸君がけっこう受け継いでるよね? 名古屋E.L.L.のシゲさん(平野茂平)をイジれるのは水戸君くらいじゃない?
水戸 かもしれない。シゲさんと初めて会ったときからフラットな感じだったのはハメチの影響なのかも。
ニックネームである“ハメチ”の由来
MAGUMI ところでさ、水戸君なら知ってる? なんで原島君は“ハメチ”って呼ばれとるの?
──「ザ・フーの『Bucket “T”』で唄われる“バケチ”というコーラスから転じて“ハメチハメチハメチマル”になった」というSNSの投稿を見たことがありますけど。
水戸 フー? 何それ?!
岡本 俺もその投稿を見た。ドクターズ時代の小冊子で、ハメチ本人がアンケートでそう答えてた。
水戸 嘘をついたろ?! ブロンディに続く嘘(笑)。いやいや、あれは単純に、誰かが「ハラシマ〜!」って呼ぶのを「ハメチマ〜!」って噛んだのが面白くて、それ以降、“ハメヂマ”と呼ばれてたのが縮んで“ハメチ”になっただけ。フーの曲が由来だなんて、そんな格好いい語源であるはずがない!(笑)
岡本 そうか、そんなロックっぽいエピソードなわけないか(笑)。
──とある筋によると、“ハメチマ”と噛んだのはアクシデンツのギタリストだった後藤昌彦さんの当時の彼女という説があるそうです。それはさておき、ぼくらのような下っ端は当然“ハメチ”とは呼べなかったわけで、ロフトの先代の社長だったシゲさん(故・小林茂明)やホットスタッフにいた鈴木大五さんが“ハメチ”と当然のように呼んでいたのを少し羨ましく感じたりもしました。
MAGUMI 俺らは“原島君”、“原島さん”って呼んでたけど、「面倒くさいけん“ハメチ”にしてくれよ」って言われた後に亡くなっちゃって。だから“ハメチ”と呼んだことはない。まあ、呼びづらいよね。あだ名とはいえちょっと呼び捨て感が強いから。「お前、えらい馴れ馴れしいね」って普通の人なら言われるだろうし。
岡本 市川(勝也)はずっと「お前に“ハメチ”と呼ばれる筋合いはない!」って言われてたけどね(笑)。
──延原さんは何と呼んでいたんですか。
延原 “ハメチ”だね。最初は“原島君”だったけど。
水戸 延原もハメチとはだいぶ付き合いが長いからね。俺が東京出身のミュージシャンで初めて友達になったのは延原だった。プライベーツの初期の頃から博多へ来てたし、最初は凄いすかしたイメージだったけど(笑)、何度か会ううちに意気投合してね。あるとき、プライベーツが博多でライブをやるので楽屋へ行ったら「おう、水戸君、久しぶり!」って延原がハグしてきたんよ。これが東京のやり方か! って思ったね。俺の人生初ハグ(笑)。だから博多時代からの知り合いは“ハメチ”なんだよね。博多時代を知ってるか、東京に出てきてからの付き合いかでだいぶ分かれるかもね。
──アクシデンツは新宿ロフトのオーディションを受けずにいきなり夜の部に出ているんですよね。上京して初のライブが東横劇場で、その次がもうロフト。ルースターズとの対バン3DAYSでした(1984年10月29日〜31日)。
水戸 俺たちもロフトのオーディションは受けてないよ。
──そうでしたか。アンジーのロフト・デビューは1985年7月8日、初ツアーの一環でした。
MAGUMI 俺たちなんかカセットテープを持って審査を受けて、昼の部からだった。
──ですよね。ノイズリダクションというバンドとの2マンで(1985年1月19日)。
岡本 プライベーツもロフトのオーディションは受けてないよね?
延原 うん、受けてない。
水戸 エリート揃いやね(笑)。当時は“めんたいロック”という言葉がまだ生きてたし、俺たちも“from 博多”というワードを付けるだけで一目置かれる感じがあったからね。
岡本 当時、ロフトで『LIVE 092』っていうシリーズ・ライブもあったから。[編注:092=福岡県の市外局番]
水戸 ルースターズのプロデューサーだった柏木(省三)さんがやってたイベントね。それには俺たちは呼ばれてないのよ。博多っぽくなかったから。
岡本 山口県長門市出身なので(笑)。
水戸 “似非めんたい”だから(笑)。でも自力というか、1985年以降はコンスタントにロフトの夜の部でワンマンをやれるようになった。まだ椅子は出てたけどね。
MAGUMI アンジーはわりと早い段階でロフトで3DAYSをやったじゃん。
水戸 うん。ロフトに出だした頃から東京でも動員が急に増えていった。ロフトの3DAYSは3年やったね(1986年8月26日〜28日、1987年8月29日〜31日、1988年8月25日〜27日)。
MAGUMI その3DAYSのどれかにロンドンタイムスが対バンで出て(1986年8月26日)、そのときに初めてアンジーと知り合ったんだよ。
水戸 そうそう。昔のロフトの楽屋のほうの階段から凄くはにかんだ人が降りてきて(笑)、「レピッシュのMAGUMIです」と挨拶されて。もちろんバンド名は雑誌で知ってたけど、こんなにはにかむ人なんだ! というのが第一印象(笑)。
本人はまだ死んだことに気づいてないんじゃないか
──原島さんのデスクは一時期ロフトの事務所にありましたし、ぼくはこれまで幾度となく原島さんと一緒にトークライブのMCをやらせてもらったりして薫陶を受けたので、今も事あるごとに「原島さんならどうするだろう?」と考えてしまうことがあるんです。皆さんもふとした瞬間に原島さんを思い出すことがありますか。
水戸 まだ亡くなった実感がなくてね。東京に出てきて以降は頻繁に会ってたわけでもなく、自分の人生の要所要所で会う感じだったので、今もその距離感が続いてるっていうか。また次の要所が来たら会うんじゃないの? みたいな気持ちでいる。
杉本 最近気になったのは、熊本地震(令和8年熊本地震、2026年7月28日)が起きて、原島君の骨壷が大丈夫かな? ってことで。
水戸 4月に熊本へ行ったときに恭一とハメチの納骨堂へ行ったんだけど、なんというかオープンスタイルな所でね。普通は扉が閉まってるものだと思うんだけど、そこは開きっぱなしなんよ。
MAGUMI 棚に並べてあるだけの感じ?
杉本 うん。だからあの地震で揺れたら骨壷が混ざってしまうことはないのかな? とちょっと心配(笑)。
水戸 仮に混ざってしまったら、10分の3くらい知らないお爺さんの骨に向かって拝むことになるかもしれない(笑)。
岡本 俺は死にそうなところも死んだところも実際に見たのに、まだピンときてない。9月7日のロフトに来なかったら、ああ、本当にいなくなったんだなと実感するんだと思う。
延原 俺は近年もけっこう頻繁にハメチと会ってたけど、実感がないのはみんなと同じ。ドクターズの頃かな、ライブがあるとよく電話がかかってきてね。「達治、ハーモニカ持って来い」ってほぼ毎ステージ呼ばれてた。「『Walking the Dog』やるじぇ!」って(笑)。ハメチがスマイリーズを立ち上げてからは何かとDJで呼ばれたりもして。たぶんドクターズの後だったと思うけど、頻繁に電話をくれてた。あるとき、もの凄く思い詰めた調子で「もう音楽をやめて九州へ帰ろうと思う」と言われてね。ここはちゃんと励ましたほうがいいのかな? と当惑したんだけど、そのすぐ後に「あれは何だったんだろう?」と思うくらいけろっとしてるわけ。それもさっき話に出た「忘れるのが早い」っていう熊本県人の特性なのかな? って(笑)。
水戸 そういうとこあったね(笑)。
延原 そんなふうにずっと交流があったし、しょっちゅう遊んでたから、ハメチが亡くなってその頃のことが一昔前のものになってしまったというか、ピリオドを打たれた感覚はある。でも亡くなった実感はまだなくて、今も下北沢を歩いていればばったり会えそうな気がするよね。
MAGUMI 去年、熊本へ帰ったときに原島君が危篤と聞いてね。いつもなら連絡が来るのに何で来ないんだろう? と思っていたら、エフエム熊本の人からメールをもらって、今は家族としか会えない状況なのを知って。岡本からも電話をもらって、それ以降は訃報を聞くまであっという間だった。自分としては去年の夏にまだ元気だった原島君しか知らないから、呆然としつつも受け止めるしかなかった。
延原 「年内までもたないかもしれない」という連絡が来て気構えもしたけど、また元気になって「あのときは死ぬかと思ったじぇ」みたいなことを言いそうよね、とか岡本とも話してたんだけどね。
水戸 何回も死にかけた人だからね(笑)。どれだけ死にかけても死ななかった記憶のほうが強いから、どうもまだ死んでないんじゃないかと思えてならない。少なくとも本人はまだ死んだことに気づいてないんじゃないかと、今もずーっと思ってる。きっと俺が死んだらようやく気づくんじゃないかな? 「あッ! 俺も死んどったわ!」って(笑)。
26年ぶりにアンジーをやることに決めた理由
──9月7日の原島さんの誕生日当日に新宿ロフトで行なわれる『ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!』最終日ですが、「しっかりと“アンジー”のライブをやることにします」と発表されたことでSNS上では開催前から大きな話題となっています。最初の情報解禁(7月1日)ではそこまで至らず、水戸さんと岡本さんが出演するだけの発表でしたが、途中から状況が変わったということでしょうか。
水戸 そもそも(中谷の)ブースカは来るの? ってとこから始まってね。彼は博多で音楽の仕事はしてるけど、人前に立つことをずっとやってないから。そこへ博多のイベント(7月4日に福岡天神パブリックバー ベーシックで行なわれた『BRF’26 “EXTRA GIG” DAY3』)にはどうも出るらしいぞと話を聞いて、そこに岡本も“天神SMILEY session”として出るから「そのときに話してみるわ」ってことになって。それで最初の告知では中谷の名前がなかった。で、ベーシックのイベントが楽しかったからロフトもやるみたいよってことで、それじゃあ名前を出そうと。最初は俺、中谷、岡本が3人横並びすることは決定ながら、やる中身は決まってなかった。そもそも今回のイベントはハメチ並びにハメチにまつわる曲をボーカリストが入れ替わり唄い継ぐ形式だったので、3人横並ぶにしてもそれに乗るのか、それとも違う形でやるのかも決まってなくて。アンジーの名前を出して期待させちゃうのも最初は避けたかったんだけど、せっかくハメチのために3人が揃うのならアンジーとしてやろう、ライブの枠も別に取ってもらってアンジーのライブをやることにしようと。それが一番ハメチが喜ぶんじゃないの? ってことでね。そんなふうに五月雨式に決まっていった。
──最初の発表から変わって水戸さんの表記が“三戸華之介”、岡本さんの表記が“岡本様ひこ”とアンジー時代に倣ったことからも、再集結に懸ける思いの深さと決意の固さを感じましたが。
MAGUMI ああ、俺はそれ、気づいてなかった(笑)。
岡本 みんな“三戸”君のことばかりで、“様ひこ”に変わったのをあまり気づいてもらえないんだよね。思ったよりもみんなに忘れられてた(笑)。
水戸 そう、思ったよりも騒ぎにならなかった(笑)。
MAGUMI いや、そうじゃないんだよ。アンジーが出る! っていうので頭がいっぱいになっちゃって、表記の変更まで気づけてないだけで。
──岡本さんもアンジーをやることに異存はなかったんですね。
岡本 はい。まあ、ロフトの前に博多で中谷ともプレイできましたし。ベーシックの博多チームが後方支援してくれたことも大きいですね。俺があんまり何度も中谷にプッシュするのも悪いと思って、博多チームが中谷に口添えしてくれて。
──ブースカさんから最終的な返事をもらうのに、水戸さんの口説き文句が秀逸だったという話を聞きましたが。
水戸 どうなんだろう。岡本が言うように、その博多チーム……おそらく大島(治彦)が一番、中谷の背中を押してくれたと思うんだけど。
岡本 俺からも中谷に博多で話したんだけどね。「ヤバいぞお前、水戸ちゃんが怒っとう!」って言ったら「エッ! マジで?!」って慌てふためいて(笑)。
水戸 その前に、中谷が出るのがまだ決まってないと聞いて、岡本に電話したんだよ。そこで言ったわけ。「さすがのハメチもそう何度も死ねないから、ここは一度出といたほうがいいんじゃないの?」って中谷に伝えてくれって(笑)。
──見事な殺し文句ですね(笑)。
MAGUMI いや、それよりも「水戸君が怒ってる」のほうが俄然効くと思う。水戸君に怒られてシュンとしてるブースカを何回も見たことがあるから(笑)。
──アンジーの演目はすんなりと決まったんですか。
水戸 うん。博多でアクシデンツと一緒にやってた頃の曲だけにしたいよね、という意向が最初からあった。だから「天井裏から愛を込めて」は入らない。それでもしっかり成り立つというか、そのほうがいいよねと思えるセットリストじゃないかな。そもそもめちゃくちゃいっぱい曲をやるわけじゃないから、そうなるとこれとこれとこれって感じですぐ決まっちゃう。やっぱりね、ハメチは俺にとって博多時代から唄い手としての先輩なんだよ。上京してからの動向はちゃんと把握してないし、今回はハメチといつも一緒にいた時代の曲で固めるのが一番だと思う。
──アンジーと名乗ってライブをやるのは、実に26年ぶりとのことで。
水戸 1999年と2000年に再結成したんだけど、’99年にアンジーをやったのは7年ぶりだった。そのときにだいぶ久々だなあ……と感じたけど、今のほうが久々感がない。26年もあいてるのに不思議な感覚だね。
これだけ愛されてる人は他にいない
──他の皆さんの演目もほぼ固まっているのでしょうか。延原さんはどのパートで参加を?
延原 ドクターズと一緒にやらせてもらいます。やる曲は当日までお楽しみにということで。最初から最後まで出てくるボーカリスト全員がアクシデンツの「雨のメインストリート」を唄ったらおかしいよね、なんて話を最初にしてたんだけど(笑)。
水戸 もはや“雨-1グランプリ”(笑)。「ハメチの曲ならどれを唄いたい?」って訊くと「雨のメインストリート」ってとりあえず言われるから、じゃあいっそのこと全員で唄っちゃえ! って(笑)。
──MAGUMIさんと恭一さんは揃っての参加ですか。
杉本 うん。コクネクションズのパートでアクシデンツのレパートリー+αをやる予定。「雨のメインストリート」ではないけどね(笑)。どんな形でやるのかは全部岡本に任せて。
岡本 コクネクションズ・セクションは僭越ながら俺が仕切らせていただきます。これだけ錚々たる面子が揃うので大変ですけど、首謀者が呼んどけ! ってことなんで(笑)。
──では、その首謀者の一人である元スマイリーズ/現 下北沢ラプソディー代表の秋山佳之さんにも一言いただきましょう。秋山さんが当日の面子とセットリストの骨子を決めたんですか。
秋山 そうですね。僕がお声がけしたというよりは、スマイリーが空の上から「声をかけとけ!」と指令を下した顔ぶれですね。
岡本 「そいつは呼ばんでよか!」って人もいると思うけど(笑)。
──アンコール予定の2曲も秋山さんの采配?
秋山 まあ、あとはバンマスである岡本さんと相談して、って感じです。
──6日間連続で原島さんへリスペクトを捧げるイベントが敢行され、誕生日当日には盛大なパーティーがロフトで繰り広げられることを原島さんはどう感じると思いますか。
MAGUMI 純粋に喜んでくれるんじゃないかな。「みんなありがとう!」って感じで。
水戸 照れくさく感じるところがあるかもね。「1日でよか!」って言うかも。
岡本 意外と嫌がってたりして。還暦のときにライブをやろうと言っても嫌がってたので。そのくせ俺が50歳になったときは勝手にライブを企画して(2013年9月9日、下北沢440)、勝手にセッティングして勝手に喋って勝手に帰っていったんですよ。主役の俺のことなどお構いなしで(笑)。
水戸 たぶんね、自分のことをダシに使われるのがイヤなんだと思う。
延原 意外とね。自分からグイグイ行くけど、突っ込まれるのは弱い。
水戸 防御力は低いんよね(笑)。攻撃力は特化してるけど。
杉本 まあ、これだけ愛されてる人は他にいないよね。お別れの会が下北のライブハウス4カ所で行なわれるなんて聞いたことないし、追悼ライブが6日間連続であるなんて前代未聞だし。やっぱり原島君は突出した存在だったんだと思う。
──また原島さんに会えたら、伝えたいのはどんなことでしょう?
水戸 今回のイベントの最後に、ハメチが好きだった曲のカバーをみんなでやるんよ。外国のロックで、ハメチもよく唄ってた曲で。それに俺が原曲の歌詞の意味を全く無視した日本語詞を付けたんだけど、その歌詞に、ハメチにいま一番言っておきたいことを自分では書いたつもり。それがどんな歌になるのか、ぜひ楽しみにしていてほしいね。
SMILEY'S CONNECTION スマイリー原島 BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~
<day1 下北沢SHELTER編>
2026年9月2日(水)下北沢SHELTER
出演:デキシード・ザ・エモンズ/Radio Caroline/ニューロティカ/怒髪天アコースティックセッション with 三宅伸治
OPEN 18:30/START 19:00
前売¥5,500/当日¥6,000(共にドリンク代別)
チケット発売:イープラス
https://eplus.jp/sf/detail/4563670001-P0030001
問い合わせ:SHELTER 03-3466-7430
<day2 下北沢CLUB Que編>
2026年9月3日(木)下北沢CLUB Que
出演:POLYSICS/フラワーカンパニーズ/SCOOBIE DO
OPEN 18:15/START 19:00
前売¥5,500/当日¥6,000(共にドリンク代別)
チケット発売:Live Pocket
https://livepocket.jp/e/que20260903
問い合わせ:AILE C.E Works 03-5433-2500
<day3 下北沢BASEMENTBAR編〜supported by VIVA YOUNG>
2026年9月4日(金)下北沢BASEMENTBAR
出演:GYOGUN REND’S/ロリータ18号/自爆 DJ:フミヤマウチ
OPEN 18:30/START 19:00
前売¥3,400/当日¥3,900(共にドリンク代別)
チケット発売:Live Pocket
https://livepocket.jp/e/xjx_l
チケット予約:ticket@toos.co.jp
問い合わせ:BASEMENTBAR 03-5481-6366
<day4 下北沢RHAPSODY編>
2026年9月5日(土)下北沢RHAPSODY
出演:富澤タク(ゲスト:七瀬ミチル)/松岡モトキ(BL.WALTZ)&七瀬ミチル/GUNN/高畠俊太郎(LOOP LINE PASSENGER)/奥村大(wash?)
OPEN 18:00/START 18:30
前売¥4,000/当日¥4,500(共にドリンク代別)
チケット発売:TicketDive
https://ticketdive.com/event/rhapsody090526
問い合わせ:RHAPSODY 03-5656-3511
<day5 下北沢CLUB251編>
2026年9月6日(日)下北沢CLUB251
出演:In the Soup/ドミンゴス/太陽の塔/菅原龍平+山田貴己(the autumn stone)
OPEN 18:00/START 18:30
前売¥5,000/当日¥5,500(共にドリンク代別)
チケット発売:LivePocket
https://livepocket.jp/e/251260906
問い合わせ:CLUB251 03-5481-4141
<day6 新宿LOFT編>
2026年9月7日(月)新宿LOFT
出演:
CONNECTIONS
【岡本雅彦(B)/山川のりを(G)/田中ゲンショウ(Ds)/伊東ミキオ(Key)/篠原太郎(G)/松藤雷蔵(Sax)】
SMILEY & THE DOCTORS
【大島治彦(Ds)/中島芳生(G)/伊東ミキオ(Key)/松藤雷蔵(Sax)/サポート:穴井仁吉(B)】
ゲスト:三戸華之介/中谷ブースカ/岡本様ひこ/MAGUMI/杉本恭一/延原達治/宙也/仲野茂/藤沼伸一/下山淳/稲田錠/イノウエアツシ/サトウタイジ/内藤幸也/市川勝也/高橋浩司/ウルフルケイスケ/澄田健
オープニングセレモニー:ザ・スリル
【横山英規(BASS)/ゲンショウ(DRUMS)/GAKU(GUITAR)/岡部洋一(PERCUSSIONS)/澄田啓(KEYBOARDS)/ロベルト小山(ALTO SAXOPHONE, FLUTE)/YUKARIE(TENOR SAXOPHONE)/石川宏明(TENOR SAXOPHONE)/矢島恵理子(BARITONE SAXOPHONE)/平田直樹(TRUMPET)/多田暁(TRUMPET)/RIEZ!(TRUMPET)/小泉邦男(TROMBONE)】
MC:ちわきまゆみ
OPEN 18:00/START 18:30
前売¥6,000/当日¥6,500(共にドリンク代別)
チケット発売:イープラス
https://eplus.jp/sf/detail/4563310001-P0030001
問い合わせ:新宿LOFT 03-5272-0382
令和8年熊本地震による熊本城の復旧・復元のための支援金寄付のお願い
このたびの令和8年熊本地震で被災された皆様、並びにご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
『SMILEY’S CONNECTION スマイリー原島BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~』の期間中、各会場で「負くんな熊本」寄付金箱を設置します。
原島さんが長年パーソナリティを務めたエフエム熊本「FMK RADIO BUSTERS」を通じ、原島さんも大好きだった熊本城の復旧・復元のための支援金とさせていただきます。詳細はこちら。