(特集)輸入CD規制問題を考える

世界中の音楽を豊富に享受できる日本の音楽文化において、「著作権法改定による輸入CD規制」は一体何をもたらすというのだろうか?

高橋健太郎(音楽評論家)インタビュー
http://www.ceres.dti.ne.jp/~donidoni/memorylab/


 今、音楽業界や音楽ファンの間で熱い議論になっているのが、今回取り上げる「著作権法改定による輸入CD規制」の問題だ。この著作権法の改訂について簡単に説明すると、もともとアジアの国で販売されている邦楽のCDが日本に逆輸入され(これを還流盤という)、ディスカウントショップなどで格安に売られるという状況を防ぐ目的で、著作権法に「輸入権」というものを新しく設定し、レコード会社などが輸入を規制することができるというもの。それが、この輸入権はアジアからの還流盤だけでなく、洋楽の輸入盤にも適用できるということが明るみになったことで、音楽関係者や音楽ファンの間から反対の声が一気に噴出したのだ(法案の詳しい問題点については、次ページ下段に掲載した声明文を参照下さい)。  5月4日に、音楽関係者の有志が集まりこの問題を考えるシンポジウムを開催したところ、会場(ロフトプラスワン)のキャパシティを遙かにオーバーする500人以上の参加者が集まり、一般 のニュースにも取り上げられる大きな話題となった。その後も、この問題は一般 紙、ラジオ、ネットなどあらゆるところで取り上げられ、5月13日の記者会見でも異例の数の報道陣が集まる結果 となった。  様々な国の音楽CDが豊富に手に入るということでは、世界でも類を見ないほど充実している日本において、「輸入盤が買えなくなる !?」という事態は、法案推進者が思ってもみなかったほど、音楽ファンに大きな衝撃をもたらした。このまま何もしなければ6月上旬にはあっさり成立するだろうと言われているこの法案を阻止すべく、毎日忙しく駆けずり回っている法案反対運動有志の一人、音楽評論家・高橋健太郎氏に、現在の状況と問題点についてお話しいただいた。
取材:加藤梅造、和田富士子
取材日:5月14日@中目黒

話が最初と全然違ってきた 「輸入権」の問題
──高橋さんが今回の輸入CD規制の動きを知ったのはいつ頃でした?
 最初は去年の暮れにネットで知りました。その時点ではアジア盤の還流防止(*1)が目的だと思っていたので、それ以上踏み込むことはしなかった。今にして思えばそれが悔やまれる所なんですが。ある程度社会的に関心のある音楽評論家でも様子見という感じだったのが、国会での審議中に今回の問題が明らかになり、その後RIAA(アメリカレコード協会)の意見書(*2)が見つかったことで、「あ、これは本気で輸入盤を全部やる気だな」っていうのがわかった。全然話が違うじゃないかと。

──それで5月4日にシンポジウムを開かれたんですが、その動機は?
 これまで民主党の川内博史さんとか佐藤謙一郎さんなど何人かの議員が文化庁に質問を出していたり、一般 の人達の中にも反対の署名運動があったんです。そうした反対運動をしている人達の主張は概ね正しいし、僕が付け加えることも特にないと思っていたんです。じゃあ、なんで5月4日にシンポジウムを開いたかと言うと、たまたまピーター・バラカンにその話をした時に、ピーターが「どうしたら、その法案を止められるの?」って言うから「もう止められないかも」って答えたら、「じゃあ、止めるために何かやろうよ」って話になって、それで考えたのがあのシンポジウムだったんです。たぶんピーターがいなかったら、ああいったストレートなアクションは起こさなかったかもしれない。それが大きなきっかけでしたね。
 この法案をどうしたら阻止できるか? あるいはどう影響を少なくさせるかを考えたら、マスコミを使うのが一番いいと思った。それでシンポジウムを開催することにしたんですが、それだけだとまだ一般 の新聞までにはいかないなと思い、小野島大さんと相談して考えたのが音楽関係者をとにかく集めて声明文を出すということ。この2つをやれば、マスコミは大きく取り上げるだろうと。まあ、やってることは、普段僕がレーベルでやってるプロモーション活動と一緒なんですけど(笑)

──僕は、4月初旬ぐらいにある市民運動家の人からこの問題について聞いたんですが、その頃は音楽関係者の間ではまだマイナーな話題でした。それが、あのシンポジウムをきっかけに一気に音楽業界中に広まったという感じなんですが、それはああいった形で音楽関係者が動いたのが大きかったんじゃないかと思います。
 今回、ピーターや小野島さん達が動いて「やろう」ってことになったんですが、基本的にああいうストレートな人は音楽業界には少ないですね。みんなでまとまるってことにアレルギーがある人が多いというか。ただ、この問題についてなら、音楽評論家の9割は反対すると思ったんです。音楽評論家200人以上が反対すれば、国会は動かないまでも、音楽業界ではひとつの動きになる。

──実際、シンポジウムには予想を遙かに上回る人が集まりました。一般 の人の関心も実はものすごく高かったということですね。  
 僕らがマスコミに対して使えるカードはもう使っちゃったんで、ここからはもう一般 の人達がどこまで盛り上がるかですね。実際、既に草の根で1万人以上の署名が集まってますし。今後、その数はもっと増えるでしょう。

──ただ、もうほとんど時間がないという状態で、この法案を廃案にするのは相当難しいと言われてますが。
 確かに廃案にするのは相当難しいですが、修正は可能かもしれないです。

──まだまだやることはたくさんありますね。
 いや、ほんとは誰もこんなことやりたくないんですけどね(笑)

改めて浮上した再販制度とCCCDの問題
──今回の輸入権をめぐる問題で、改めて議論になったのが再販制度(*3)とCCCD(*4)の問題だと思うんです。現在、輸入盤を買う理由として、まず値段が安いこと、そして国内盤のようにCCCDでないことがあげられますが、輸入盤が買えなくなったら、値段が高く、しかもCCCDの国内版を買うという選択肢しかなくなるんじゃないかという危惧がありますよね。
 そうですね。ただ、僕は今回、規制反対の賛同を集めるにあたって、極力、再販制度やCCCDの問題とは切り離すようにしたんです。それを一緒にすると混乱するから。ただ、僕の個人的な意見を言わせてもらうと、まずCCCDについては、いわばレコード会社が勝手にやっていることで、法律で決められたことではないんです。もちろん将来そういう法律が出てくる可能性はあります。コピーガードがない商品を作ること自体が違法になるとか。そうなったら怖いけど、まあ現状、CCCDはそういうものでもない。一方、輸入権というのは、法律で買えなくするわけですから、問題は全然大きいですよね。再販制度については、独占禁止法の例外となる契約を認める法律だから、厳密には小売りで契約をしないということもありうるんです。ウチの商品は希望販売価格はありますが、再販契約はしないっていうインディーズがあってもいい。実際、半年すぎるとバーゲンする所もあるし、なしくずしになっている部分もありますよね。

──シンポジウムで、国内盤CDは再販制度で保護されているんだから、新たな保護法である輸入権を認めるんだったら再販制度をなくすべきだという意見がありました。これについてはどう思いますか?
 確かにそれも一理ありますが、僕はむしろそっちの方が怖いんです。再販制度が現状のままでいいとは思わないけど、再販制度には音楽文化へのプラスの面 もあると思う。もし今、再販制度を廃止すれば、中小の小売店が淘汰され大型の量 販店ばかりになり、多くの枚数が売れない音楽作品をレコード会社が発売する機会は減るだろうことが予想される。僕は、いち音楽ファンとして、ちょっと値段が高くてもいろいろな種類のCDを買えたほうが嬉しい。逆に、輸入権が導入されれば買いたいものも買えなくなる可能性が高いわけです。僕は、今の日本の現状──再販制度とそれを補完するものとしての輸入盤や中古盤やレンタルCDが、結果 的にある種のバランスを作り出している日本のマーケットは、消費者に幅広い選択肢が与えられているという点では非常にいいと思う。だから、政治家や役人は余計なことは何もしないでくれと思います。

──ところで、なんでCCCDってアメリカにはあまり普及してないんですか?
 やっぱりアメリカは消費者の反発が強いからできないんだと思います。

──日本の消費者の問題でもあるんですね。僕は個人的にCCCDはほとんど買わないんですが、それは、先ほど高橋さんも仰ったように、レコード会社が一方的に導入しているものだからなんです。ミュージシャンの意向でCCCDにしているならあまり抵抗はないんですが。
 著作権というものを考える場合、大きく分けて著作権者(*5)と著作隣接権者(*6)がいるんですが、今、著作権保護と叫ばれているものの多くは著作隣接権者を保護するものばっかりなんです。つまりレコード会社の利益であって、ちっともアーティストの利益になっていない。だから、CCCDについても、アーティストはやりたくないのにレコード会社の都合でそうなっている場合が多い。それはよくないですよね。 音楽産業は楽しいものじゃないとだめだと思う

──この数週間で、ミュージシャンを含め音楽関係者の賛同がどんどん集まってますが、これって考えてみるとすごいことですよね。
 結局、日本の音楽業界ってレコード会社のお金が頼りっていうのがすごくあるんで、そういう意味では画期的ですよね。僕もレコード会社から仕事もらってますから。ちなみに来週、○○の社長と会うんですが、なんか言われるかもなあ(笑)

──音楽の仕事をしている人にとって、この反対運動に関わることは大きなリスクを伴いますよね。
 もちろんみんなそういうリスクも考えていると思いますが、これはほんとにやらないと今まで作ってきたものがダメになる可能性があるんで。そういう危機感からだと思います。あと、もっと広い意味で言えば、音楽産業っていうのは、基本的にエンターテイメント産業なんで、楽しくないとダメなんです。ゲームセンターとかネットサーフィンより楽しいものにしていかないとどんどん人が離れていく。例えば、CCCDというだけでイヤな気分になるし、それでCDを買わなくなった人もいると思う。エンターテイメント産業って楽しい入り口を用意しないとだめなのに、気が滅入るようなことばっかりだから。そこが一番まずいと思う。とにかくカッコ悪いんですよ。

──特に音楽は自由の象徴ですから、そのイメージは大切にしてもらいたいと。
 昨日、議員会館である代議士さんから「こんなところに来る前に、なぜ、あなた達音楽評論家とレコード会社の人が話し合わないの。同じ業界なんでしょ」って諭されたんだけど、確かに今の音楽業界には、他の業種に負けないような楽しいものにしようといういう雰囲気が全然ないんです。

──そうした中、今回初めて業界の人が一同に集まって声明を出したわけですが。
 実は僕もびっくりしました。でも今後は難しいと思いますよ。よく「これからどうするんですか?」って訊かれますが、別 になんか代表になって、みんなから委任を受けるっていうのは絶対無理。そんなにまとまるものじゃないから。とにかく今ある声明文が僕らが賛同を集めたすべてにしようと。そこにはすごく気を遣ってます。こうした運動って大抵派閥争いとかに陥るし。  ただ、今回の問題で、音楽業界内で、例えば、評論家と雑誌社との間に話がないとか、レコード会社との交流がないとか、そういう構造自体がまずいというのが明らかになったと思うんです。だって、レコード協会に加盟しているレコード会社の社長が「何その法案?」って有様で、そのぐらい誰も知らないうちに物事が進んでいたわけだから。もっとオープンなしくみをつくらないとまずいというのはありますよね。それを作る時に、今回集まったネットワークは非常に有効だと思います。
 たぶん過去にも同じようなことが、ゲーム業界とかアニメ業界とかにもあったんだろうけど、僕自身、対岸の火事だと思って関心がなかった。そのツケが、今回レコード業界に回ってきたんだという反省はあります。そして、今後も当然、映像やネットなどいろんな分野で同じような問題は起こるだろうから、他のジャンルまで含めて、こういったことは意識していかないといけないんだと思いますね。

(*1)アジア盤の還流防止──参議院では「海賊盤を防ぐため」と説明されたようだが、還流盤はきちんとライセンスを受けて現地盤として作られたものなので、海賊盤ではなく正規盤。現地の物価水準に合わせて値段がつけられるため、日本と比べかなり安く、それが逆輸入されるのが問題になった。但し、その輸入量 である68万枚は、洋楽輸入盤の6000万枚と比べれば圧倒的に少ない数字だ。
(*2)RIAA(アメリカレコード協会)の意見書──RIAA(アメリカレコード協会)が日本の文化庁に送ったとされる意見書。その中では、今回の法令が日本国内の作品だけでなくすべての作品を対象とするように要求している。
(参考)http://www.satokenichiro.com/entamehonyaku.htm
(*3)再販制度──再販売価格維持制度の略称。商品の供給元が販売店に対して販売価格を指定して、それを守らせるという制度。本やCDなど指定された「著作物」の再販売価格維持については、法律上独占禁止法の適用から除外されることになっている。
(*4)CCCD──コピーコントロールCDの略。CDのオーディオトラックをPCで読み取ることを妨害する技術を採用したオーディオディスク。音質が劣化する、特定のCDプレイヤーで読み取れないなどの問題が指摘されている。
(*5)著作権者──著作物を創作する者。ここでは、作詞家作曲者などのアーティストなどを指す。
(*6)著作隣接権者──実演家・レコード製作者・放送事業者などに認められる、著作権に準ずる権利を持つ者。ここでは、レコード会社などを指す。


声明文 (2004年5月11日)
http://copyrights.livedoor.biz/ より引用

音楽が殺される……? 法律によるCDの輸入規制に 私達は反対します。
現在国会に「著作権法の一部を改正する法立案」が提出されていますが、そこには世界各国の音楽レコードの輸入が禁止できる条項が含まれています。当初、それは主にアジア生産の安価な邦楽CDの逆輸入を規制するためのものと説明されていました。ところが国会の答弁の過程で、日本の音楽ファンが日頃から親しんでいる欧米などからの洋楽の輸入盤CDも「輸入権」というものによって輸入禁止されてしまうことが明らかになったのです。つまり……

●音楽を自由に聴けなくなる?
 欲しいCDが買えなくなったり、いつのまにか高くなっていたり  これまでふつうに買えていた洋楽の輸入盤が、買えなくなる可能性があります。  日本発売されている作品の輸入盤が、レコード会社が「輸入権」を行使すると、輸入禁止になります。まだ日本発売されていなくても、日本発売された瞬間に、売ることばかりでなく、在庫を所持していることも違法になるので、日本発売予定がある作品の海外盤は、事実上、輸入することができません。買いたいCDがあるのに、日本盤も輸入盤もなくて、どこを探しても買えなくなるということも起きるのです。  日本発売予定がなくても、いつ、日本盤が出て、違法行為とみなされるか分からないので、レコード店や輸入業者は、これまでのように世界中のさまざまなCDを自由に輸入することが困難になります。輸入盤の種類は大きく減り、値段はとても高くなるでしょう。  個人輸入は認められています。でも、個人使用のためのCDであることが証明されないと、自分で聴くために海外で買ってきたCDや、海外から通 販で買ったCDが、税関で差し止められたり没収されたりするかもしれません。  私たちは、消費者に多大な不利益を強いる法案の内容に強い危惧を持っています。

●ぜんぜん話が違うよ! 
 法案の目的はアジアの安い邦楽CDの逆輸入防止じゃなかったの?  文化庁は、ずっとそう説明し続けています。でも法案では、邦楽の逆輸入盤と洋楽の輸入盤を区別 していません。邦楽CDの年間売り上げは、1億7000万枚。邦楽の逆輸入CDやカセットは68万枚。そのたったの68万枚を防ぐという名目で、年間6000万枚を売り上げる洋楽の輸入盤まで規制しようとしているのです。  参議院では、日本レコード協会から「一般の輸入盤を規制するつもりはない。アメリカの大きなレコード会社もそう言っていると聞いている」という旨の発言がありました。ところが、その後になって「日本政府に対して、楽曲の種別 を問わず輸入を制限することを要求する」という、全米レコード協会と世界レコード制作者協会からの強硬な意見書が文化庁に送られていたことが判明しました。  私たちは、この矛盾を許容できません。アジア盤の邦楽CDの逆輸入防止を目的とするならば、それを法案に明文化することを求めます。

●音楽に国境を作るな!
 音楽ってもっと自由で多彩で豊かなものだったはず  音楽は言葉や主義主張や文化風習を超えた何かを、私たちに語りかけてくれます。そうしたさまざまに異質な価値観がぶつかりあい、混ざり合うことで、より自由で多彩 で豊かな音楽が、世界中で作られてきたのです。  現在の日本では、世界中のさまざまな音楽のCDが気軽に入手できます。それは、過去何十年にも渡って日本の音楽ファンが作り上げてきた「輸入盤」文化の賜です。日本のアーティストたちは、そんな素晴らしい環境で音楽を聴き、血肉としながら、新たな自分たちの音楽を作ってきました。しかし法案がこのまま成立すると、そうした環境が失われる可能性があります。それは邦楽を含めた日本の音楽文化と音楽産業全般 の衰退に繋がりかねません。  このように、日本の音楽文化の未来に、消費者の利益に、大きな打撃を与える輸入盤の規制に、私たちは強く反対します。

音楽関係者一同 ジャーナリスト、評論家、メディア関係者、レコード・レーベル関係者、マネージメント、イベンター、ミュージシャン、アーティスト、プロデューサー (編集部註:賛同者の名前については誌面の都合上省略させていただきました。
詳細は、Webサイトhttp://copyrights.livedoor.biz/を参照願います)


「選択肢を保護しよう!! 著作権法改正でCDの輸入が規制される?! 実態を知るためのシンポジウム」 イベントレポート