極東のパンク総本山・DOLLが監修した日本のパンク&ニューウェイヴ集大成!!  本誌を読んでいる賢明な諸君なら、SUPER HEAD MAGAZINE『DOLL』を知らないはずはないだろう。1980年に『ZOO』より改名。日本のみならず、世界のパンク、ニューウェイヴ・シーンを紹介し続けるロック雑誌だ。10月1日に、その編集長でもある相川和義氏の監修のもと『GET THE PUNK』と題されたジャパニーズ・パンクの歴史的コンピレーション盤がテイチクより発売される。そのヴォリュームたるや、実に80バンド、80曲。4枚組のBOX仕様となる。これは『Rooftop』として取り上げないわけにはいかない。同盤のライナーノート執筆者であり、『宝島』編集部から『ROCK is LOFT』編集に携わった国枝まさみ女史を迎えて語ってもらった。(interview:中島儀幸)

結局、人間が面白かったんじゃないかな
──まず、この企画盤の切っ掛けから聞きたいのですが。
相川 テイチクさんからの発案で、DOLLが乗らないと成り立たないってことで話をもらったんだよ。でもその最初の電話から丸1年かかったって。他の会社ならこんな手間隙かけてやらないよね(笑)。それだけ意欲的だったってところでスタートかな。テイチクのディレクターは、『パンク天国』というDOLLが作った日本のインディーズの本に触発されたらしいんだけど、あの本は俺にとっては一つの集大成だと思ったんだ。だからセレクトの線引としてどこで切るかって考えた時、1990年で切った。“イカ天”以降はインディーズも混沌となってきてるから、考え方としてそれでいいかなって。でも、ホントはもっと簡単な理由なんだ。ここに入ってる音源って、全部自分でライヴ観に行って、買って持ってるのね。だから多いようで少ないんだよ。ただ商品なんで、初めて聴く人や関わってきた人間、皆の思い出の共有という意味でも幅広いところで選んだかな。10人よりは50人が楽しめるってところで。
──では、頭脳警察まで溯るっていう基準はどこにあったんでしょうか。
相川 要するに日本のオリジナル・パンクってこと。洋楽だったらイギー・ポップといった流れを取ると、その辺のいくつかのバンドは入れといたほうがいいかなって。厳密に言っちゃえば、東京ロッカーズだって紅蜥蜴だったり、3/3としてそれ以前から活動してたわけだからね。これもアリだねって。
国枝 私は東京に出て音専誌化した『宝島』から入ったんで、時代でいったらこのコンピに入ってる最後のほうしか知らないんですよ。でも編集部にいたおかげで歴史は入ってくるし、いろんな本も作ったんで、当時の話は聞いてました。それからLOFT20周年本(『ROCK is LOFT』)の編集にも携わって、溯って勉強させてもらいました。相川さんは全部観てるって言ってましたけど、私も編集の立場では大体観てるんですよ。
──それでは、収録された思い出の音源、バンドと言えば。
相川 企画、構成した人間としてはありきたりの言い方になっちゃうけど、全部なんだよね。個人個人の視点では“このバンドではこの曲が聴きたい”ってあると思うけど、一つなんて無理。時代によっての付き合いもあるし、今もやってるバンドだってあるからね。だから日記みたいなものじゃないかな。俺はライヴも観てたし取材で知ってたけど、ファンの思い入れもあるだろうからね。昔のことだから、今聴いて“アレ!?”って感じたものも正直あったけど(笑)、当時はワクワクした、自分にとって必要な歌詞だったりしたんだろうね。50歳になった今、必要なくなったものも当然あると思う。人間だからね。でもメジャー・デビューしたバンドでも、自分でピンと来なかったバンドって出てこないわけ。このコンピに入れても、若い子と一緒に聴いても何かあるかなっていうことは思ったけど、どうかな?
国枝 私も当時取材なんかで関わってましたけど、ここに収められた曲は懐かしがるもんじゃないだろうって思うんですよ。今の若い子には是非聴いてほしいですね。いわゆるバンド・ブーム以前、お茶の間に入ってくる前のパンク・バンドばかりだけど、こんなに恰好いい音があったんだよって。
──では日本のインディーズへの興味って、何だったのでしょうか。
相川 一概には言えないけど、洋楽と比べて“見て触れられる”ことじゃないかな。昔はレコードを出すことが一つの目標や憧れだったと思うんですよ。でも、“レコードなんて簡単にできるじゃん!”とか“何万枚売れなきゃクビ”なんてないわけじゃない? 自分で出してるんだから。海外のムーヴメントのなかでも、思ってることがすぐに実行に移せて、それが実現できた。これが面 白いことなんじゃないかな。歌詞や演奏が惹き付けられるものだったら“下手でもアリじゃん!”ってところ。ある意味日本だけじゃなくて、音楽の可能性を広げられたものだったんじゃないかな。このコンピにはそういったものが、聴いてもらうと判るものも少なからず入ってると思うんだよね。
国枝 当時、『宝島』にいるといろんな人に出会うじゃないですか。でも夜な夜なライヴハウスに行っても、打ち上げまでいるのは相川さんしかいないんですよ。メジャー寸前のバンドの周囲にいろんな人がいたのは当然なんですけど、そうではないバンドばっかりでしたから。
相川 だから結局、人間が面白かったんじゃないかな。打ち上げなんて言うけど、誰も注目してるような集まりじゃなかったからね。取材の後飲みに行って、「公ではオフレコだけど、実はこういうこと考えてるんだ」とか。一個人として話してて面 白かったのかな。
国枝 そのオフレコの話を聞いて、その曲の本当の意味が判ったりという経験は、私にもあるんですよ。
相川 でも、自分も若かったし。っていうか、年も近かったから理解もできた。年取ると…って言うと変だけど、今は根本的には理解できなくなってるんだよ。さすがに30も年下の子の、言ってることは判るけど、考え方まではねぇ。俺からすると“変だよ”っていう部分もあるし。でも音楽だから、それを支持してる同年代の子もいるじゃない? インディーズの面 白さって、書き手も好きなことを書けるところじゃないかな。やるほうも好きにやってるんだけどね。討論っていうか、納得するまで話せたり。まぁ、悪いところも一杯あるんだけどさ。例えばここに収められたのは80バンドだけど、100あったとしてもバンドが全部同じ考えじゃないからさ。メンバー個々だって違うと思うし。大人の発言としてはね(笑)。

ステージに立つのは選ばれた人間だけだった
──編集作業中のエピソードなんかも聞かせて下さい。
相川 やっぱり、権利関係が難しいよね。だから最初は多めに選んどいたんだけど、それ以上にコケたかな。400くらいピックアップして、何回もチェックした。亡くなってる方もいるしね。でも、俺は国枝さんとはちょっと違って、ポップに懐かしいだけでもいいんだよね。
──今とは違う時代に、自主レコードを作ることの魅力って何だったと感じましたか。
相川 だから、“残そうと思って作ってたのかな?”って思うのね。その時代を切り開いて音を作ってたと思うから。当時は、バンドを作ってもすぐにはレコードを作らなかったじゃない? ある程度動員や演奏に自信がついて、「よし、じゃあ次は音源作りだ」って。レコードを作って、ライヴに行けない人にも聴いてもらおうって。そういう発想だからせいぜい500枚、ちょっと頑張っても1,000枚くらいだよね。だからこの頃って、その時の感情とか盛り上がりを形にしたい、お金をかけなくてもいろんな形で出せるんだっていうのがあった。そういう意味でのインディ・レーベルの立ち上がりが、ゴジラ・レコードを筆頭に始まったということだと思うんだよね。俺はミュージシャンじゃないから判らないけど、雑誌は情報の切り売りだと思うんだよ。だから役目が違うとも言えるんじゃないかな。
国枝 私も雑誌だから、読み捨て感覚でした。それより、こうしてコンピが出ることで過去の音源を恥ずかしがらずに出せる、やってきたことを認めることができるのが凄いなって単純に感じました。自分の文章も恥ずかしいわけじゃないけど、当時の歌詞をこうやって今また出せることが凄いと思うんです。
──そんな相川さんは、'80年からシティ・ロッカー・レコードを運営されていたんですよね。
相川 森脇美貴夫とMOMOYOの話から始まったと思うんだけど、「BOY」を作ったのだって、別 に喫茶店がやりたかったわけじゃないんだよ。“コーヒー飲みながらレコードを聴ける店があったら楽しいね”っていう。文章で紹介するだけじゃなくて、レーベルを作って音も紹介したかった。だから大した契約書なんかなくて、作ったら、作るだけじゃなくてバンドも売る。1,000枚作って、売り切ったら次も作れるぞって。自分が聴きたいものを自分で作れたら楽しいじゃない? そういうところじゃないかな。『ZOO』を作ってる頃でも、“「パンクが好きです」なんて奴が30,000人いて、30,000部売れちゃったら面 白いね”なんて考えたらワクワクするわけ(笑)。そんな発想だと思うよ。でもレーベル作れば、一緒にライヴ行ったりレコーディングするんだけど、どこを出すかだと思うんだよ。勢いが出てればこのレコードは良しとする、みたいな。多分自分が最初に“コレ!”ってところが出ないとつまんないと思うから。自分も楽しみたかったんだな。ある部分では一員だよね。でもメディアやってる以上はただ恰好いいだけじゃ成り立たないから、その意味づけを言葉に変換してるだけなんだよ。クールに装ってるけど、クールじゃないからね、書いてる時は。
国枝 『宝島』にいたせいか、私が“いい!”って言うバンドが全国に伝染するじゃないですか。それが面 白かったな。多分インタビューして、いろいろ対話ができる人ってその音楽も面 白いんですよ。話の引き出しが多いっていうか。当時こうしたインディーズを聴いてる人ってトンがってるっていうか、それがステイタスっていう部分があったと思うんですよ。昔ってステージに立つのは選ばれた人間というか、抜きん出た人間だったと思うんですけど、今は誰でも立てるじゃないですか? そういうところが面 白くなくなっちゃったのかな。
相川 その原因として、一つにはこっちも慣れてきてるからだと思うんだ。それからパンクのスタイルが頂点を越えちゃってるんだよ。音楽的な部分では、刺激的というか、ワクワクさだけを求めても酷ってところがあると思う。このコンピに入ってるもの+αで、散々出尽くしてるじゃない? 今の若いバンド達もおよそ3つくらいのバンドの流れに収まっちゃうって言うのは簡単なんだけどね。でもここまで受けて売れてるんだったら続いてほしいな。パンクと名が付いててすぐ終わっちゃうのは寂しいなって。でも、70年代に「パンクが面 白い!」って言ってたのは10代と30代なんだよ。ウチの森脇だったり、大貫憲章さんだったり。オレみたいな20代なんて、まだハード・ロックにしがみつこうとしてたからね(笑)。
──最後に、この作品の聴き所を。
相川 聴きたい曲を聴いてくれればいいと思うんだけどね。ただ、一回も聴いてないものがあったら単純に触れてほしいと思う。まだまだ朽ち果 てるには早い30〜40代のお兄さん、お姉さんにはもう一回聴いてほしいかな。
国枝 このコンピは思いっきりエネルギーが詰まってるものだから、伝説も一杯あると思うんだけど、そういう音があったんだってことを認識して感じてほしい。そして、リアル世代には“もう一回人生に拳を!”って感じなんですよ。
相川 だから何パ−セントかは、俺のマイ・レコード・コレクションを作ったっていうことだからさ。皆のなかには、「俺だったらこの選曲だよ」ってあると思うんだよ。「センスないなぁ、相川は」みたいな反応があったほうが楽しいじゃない? 「ああ、凄いですねぇ」って言うより、そういうパワーをぶつけられたほうが楽しいと思うんだ(笑)。


GET THE PUNK
〜J PUNK&NEW WAVE 1972-1991〜


IMPERIAL RECORDS / TEICHIKU ENTERTAINMENT
TECN-63881-63884 (4枚組)
6,000yen (tax out) / 2003.10.1 IN STORES
◆監修:相川和義(DOLL)
◆日本のパンク&ニューウェイヴの集大成といえる全80バンド・80曲収録
◆初回限定スペシャルパッケージ仕様(シリアルナンバー入りケース付)
◆一年間限定生産