復活26回目

やはり新宿の街角にて、、その2

 前回のあらすじ:西新宿のガード下で古雑誌を売るでもなく、「ちょこん」と座り道行く人からの小銭を待つ、『正統派乞食』のお婆さんから幸福と勇気をもらったおじさん。あれからお婆さんが気になるおじさんだが……
そして又忽然と姿を消してしまった。
先月、やっと探し当てた新宿唯一の『正統派乞食』のお婆さんはどこに行ってしまったのだろうか?
「いや、又場所を変えたのかも知れない!」と思って、歌舞伎町中央通り、東口の小ガード、コマ劇場周辺を探すのだがやはりその姿を見ることは出来なかった。
こんな事を思ったのは、なぜか分からない気持ち、そう世紀末の師走12月に入って、街角のファーストフード店なんぞから流れはじめててくる「クリスマスソング」の軽快なリズムを聞いたからなのかも知れない。
無性にあの「乞食の婆さん」に会いたくなった。そしてちょっと早いがクリスマスプレゼントをあげたくなったからなのだ。
自慢ではないが、私は今までに恋人か身内以外にクリスマスプレゼントをあげた経験はない。始めての挑戦?に私の心は浮き上がっていた。そしてあせっていた。こんな素敵な気持ちになった自分を思うととても気持ちが良かった。なんとかこのテーマをやり遂げたかった。だが「やはりどこにもいない!」小さな不安が私の脳裏をよぎり、「これは徹底的に探すしかない」との思いが私の全身を支配した。
しかたが無しに又大ガードに戻って今度は拾ってきた週刊誌や傘なんかを売っているホームレス軍団の長老?に会いに行った。このところなぜか私の気持は落ち込んでいた(私の出版した本が売れていないせいか?)私は又あの婆さんに会って、そう、小さな煎餅座布団にちょこんと座って乞食をやっている婆さんの「にこっ」とする顔と再び出会って小さな「勇気」を貰いたかったのかも知れない。
「おじさん、このガード下にいた乞食のおばさんの姿が見えないんだけれど、どこに行ってしまったのか知ってる?」粗末な段ボールの箱をテーブル代わりにして弁当を食べていたこの髭ずらの「長老」は嬉しそうな顔をこちらに向け「よくぞ聞いてくれたと」ばかりに、ちょっと言語障害気味の言葉を端々につまらせながら「う〜ん、お、俺達も気になって心配してたんだけど、ばぁ、婆さんここで血はいて倒れてしまって、きゅ、救急車に乗せられて病院に行ってしまったよ。」
「どこの病院だか知っていますか?」
「そ、それは解からないな〜、そう言えばこの前も外人の女からも聞かれたな〜」
「そうか、あの乞食の婆さんが気になって居たのは私だけではないんだ!」と思ったら嬉しくなった。
「そうだ!区役所の福祉課に行けば何か分かるかも知れない」と思った。
私の足はやはり歌舞伎町のはずれにある新宿区役所の「福祉課」を訪ねていた。5時15分前、帰り支度を急ぐ福祉課員を捕まえた。
「すいません、大ガード下にいた乞食のお婆さんを探ているんですが、」
「何か、取材のひとですか?」
「いえ、私はほんの通りがかりの者で、いつも気になっていたもんですから、、出来たらクリスマスプレゼントをあげたいと思って、、、」
「そうですか、、新宿には冬に入ると何人もの女の人が倒れて、救急車で運ばれるもんですから、どなたか特定できないと、解からないんですよ」
「いえ、なんて言うか、ちゃんとした乞食なんですよ、知らないんですか、、ホームレスじゃ〜なくって、、僕から言わせればたった一人の正統派乞食なんですよ」
「この区では冬の一日多いときには10人以上倒れたりしているんですよ。だからやはり特定できないとちょっと無理ですね」
「区役所の福祉課ってそんなもんですか? 大ガードにいた年よりの乞食のばあさんの存在すら知らないなんて、、、」と捨てぜりふを吐いてしまっていた。
あわてる福祉課員「でも、ご安心ください、もし、その方が救急車で運ばれているんであれば、必ず区の方で保護しています。生活保護が必要であればそのための努力はしていますから」と申し訳なさそうに言う。
ついに私とあの乞食のお婆さんとの細い糸であったなにかが完全に切れてしまった。私の心は「東京都が、新宿区が大都会の片隅で生きるこの弱者の人達に、青島都政がどんな仕打ちをして、排除したか知っているぞ!」という雄叫びに近い怒りが込み上げていた。しょんぼり肩を落として区役所を出た。
「親愛なるお婆さんに、、お婆さん頑張ってください。私はあなたにほんのちょっとだけど『勇気』を貰った大ガードを行き来する通 行人です。なんとか頑張ってこの冬を乗り切って、春の訪れを待ちたいです。これは私のささやかなクリスマスプレゼントです。受け取ってやってください」というコメントと1万円が入った茶色い封筒が私の机の上に所在なさげに無造作に置かれている。
「今、あの婆さんはどうしているんだろう?」と切なく思った。
なぜか、私はこの封筒の中身を使う気になれず、この茶封筒はあの婆さんが元気になって、また大ガードの下で、「ちょこん」と座ってくれるまでとっておこうと決めた。そして落ち込んでいる時に婆さんから励ましの言葉を貰ったことは「絶対忘れない」と決めた。
ここでいつもであったらおやじ特有の「お説教」の結語で終わるのだが、今回はそれをしない。
新年おめでとうも言わない!あの乞食の婆さんが新宿に戻ってくるまでは、、、。
           ロフトプラスワン 席亭 平野悠

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