■■■心は南風にのって東京=沖縄8000キロ・・・■■■
「ゲストハウスロフト(沖縄)設立計画」(第一回?)

 もう、どうしょうもないくらい「沖縄」にはまっている(笑)。 ある会議で作家の吉岡忍さんが「平野さんも沖縄行こうよ!」と言って、「ああ、俺いつも暇だからいいよ」と何気なく答えたことからこの「悲劇」は始まってしまった。もう会社でもロフトプラスワンでもほとんどリストラ状態の自己の存在に若干身を持てあましていた時期だった。家でかみさんとたまに目が合えばほとんど粗大ゴミ扱いだし、そろそろ本格的に「老後」の生活を考えねばならないところに来ていると実感していた。
 そもそも私のようなインチキ男どもは(ほら!そこのあなたもですぞ!(笑)老後を幸せにかみさんと手をつないで街を散歩したり、一緒に旅行したり、だらしなくヨイヨイになった私を面 倒見てくれるはずがないと覚悟はしているつもりだった。それ程まで禁治産者の私たちはいつもよそ見ばかりしていて、新宿歌舞伎町の風俗をみんな制覇するぞ〜って頑張って見たり(おかげでケジラミに(泣)、ソープやキャバクラのの女を追い回したり、追いかけられたり、家族や会社からイヤ社会全体から愛想を尽かされる生活をしてきた訳だ(笑)。ましてや絶対言われたくない日刊ゲンダイの二木氏からも「悠さん、そんなの幻想、幻想・・・だから俺達の老後は自分の力で切り開くしかない」とお説教を食らったばかりなのだ。「だから言ったでしょ! 僕達老人はどんな状況にも負けない精神を持って強く生きなけば・・・老人保護法案の提出を!」とはまだ一度も結婚していない鈴木邦男氏にも言われた。だれがつけたか牢獄生活20年の日本のレーニン塩見孝也氏が体験した、朝かみさんとほんのつまらないことで喧嘩をして村山市の田んぼのあぜ道を漠然と歩いていて何かにけつまずいて足を折る事にならないように我々はこの忌まわしき敵から自衛しなければならないと感じた。  

 これはいけない! 話が続かなくなって来た(笑)。

 さて私の沖縄訪問とは1月26日那覇で開かれた「個人情報保護法をぶっとばせ! 沖縄ミーテング」に我が愛車スズキスカイウエー400を連れて50歳を過ぎたおやじが行ってきた訳だ。(勿論フェリーを使ってだが)なんとこの集会の成功はこの法案の阻止闘争が全国規模で広範囲に行動されるという見通 しまでついた。個人情報保護法阻止東京9.2実行委員会と共同アピールの会からは32人もの参加者がいて、集会はとても盛り上りとても楽しく終演した。そして集会も終わり静寂になった那覇市でなぜか帰りの予定を決めていないのは私一人で、多くの集会参加仲間はいそいそと東京に帰って行った。
 那覇に一人ぽつねんと残された私は、別に早く東京に帰った所で、用事があるわけでもなく、しばらくは那覇の一泊1500夕食300円泡盛一杯100円と言う「月光」と言うゲストハウスに居候を決め込んでいた。それは2月3日に行われた過疎と不況に悩む「名護市、市長選挙」に結構興味があって、4年前の「基地はいらない住民投票」で基地撤去派が大勝利をおさめた、その結果 が11.2の同時多発テロ、沖縄基地不況にどうつながって行くのかに興味があったからだったが・・。しかし名護でその選挙戦を観戦していて、私は一瞬で「基地反対派」が大負けをするとの予感を持った。沖縄は今実に大変な所に来ていると思った。それは沖縄本島をバイクで一回りして見て解ったのだが道路、ハコものと言われる施設が至る所に建ち、どんな道路を通 っても道路工事やダム工事はやっているし小さな村でも土建屋のビルだけは立派のなだ。

  これでは補助金づけでダメになって行ってしまった日本の過疎県の状態と同じなのだ。

 「沖縄独立」論者の私は「沖縄民族の誇りはどこに行った!」と叫びたくなるような構図になり果 ててしまっているのだ。ましてその市長選挙の基地反対派の選挙運動はやはり「社民、共産党、労働組合」の「団結頑張ろうが中心なのだ。そこには市民はほとんどいなかった?そして名護にある民宿「海と風」の車椅子の元気おやじ成田さんが絶句するくらいの9000票と言う差がついてしまって、ジュゴン(人魚に似た伝説の魚?)と紺碧の珊瑚礁 に悲しいかな「米軍の海上ヘリポート基地」推進派が圧倒的に勝利する事になった。

 さてその昔私にはあの輝かしい世界放浪のバックパッカーにはまっていた時期があっ て(5年で80カ国以上制覇後の5年はドミニカに居住)やはり以前の血が騒ぐのか 一瞬のうちに完璧なるゲストハウスの住人になり切れたのだった。そこには色々な宣伝チラシがあって、「ラーメン150円、当店でお食事された方は無料で宿泊出来ます」(沖縄市)とか体験牧場、ムーミン牧場・・・あなたも馬に乗れます」(今帰人村ー宿泊2000円夜飯500円)高橋歩君が開いたお洒落なプライベートビーチを持つ「ロックビーチカフェ」(読谷村)車椅子の元気反戦おやじの成田さんの「風と海の館」とかそう言った世界を放浪する貧乏旅行者を泊めるシステムはできあがっているのだ。

 それで私特有の好奇心が働いてバイクに乗って沖縄各地を回った訳だ。勿論自己規定を「会社から突然リストラされて行くところがない悲しみの初老」と思って頑張ってそれを演じて、若い諸君から同情されたり、可愛い女のこからプレゼントを貰ったり、この状態で旅をするのって時間を忘れ南国の空気に触れながら結構面 白いことに気がついた(笑)。
 この沖縄の旅の結果、長いこと私の中で全く進展しなかった私の老後の「農村生活構想」が蘇って来ることになってしまったのだ。 「50〜100人泊まれる施設、風呂は地下水か川の源流からの水が欲しい。最低電話と電気は欲しい、なるべき暖かいところがいい。犬も猫も鶏も馬も豚も飼いたいし窯(これは焼き物を焼く為・・も欲しい、毎日食べる野菜や果 物類は自給したい。何とか千坪以上の敷地が欲しい。レイブパーティもやりたいし、バクシーシ山下氏を呼んでフェラチヲ講座も開講したい(笑)そして一人一ヶ月5万円で暮らす方策を確立する・・・」なんて贅沢なことを並べ立ててはいたのだが、この計画はほとんど進展しなかった訳だ。

 

 2月11日東京に舞い戻った私は、熱病の様に沖縄、沖縄って騒いでいる。そこにやはり沖縄にはまっている宮台真司氏と会った。
「平野さん、沖縄、土地を確保して住みましょうよ。どんなお手伝いもしますよ。噂の真相の岡留編集長も沖縄にはまっているはずだから、岡留さんも誘ってやりましょう!」と檄を入れられてしまった。(続く)

ロフトプラスワン席亭・平野 悠
●おじさんのBBSは http://www.loft-prj.co.jp/OJISAN/bbs/bbs.cgi

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