「夢の力」
文◎神山典士(作家)
写真◎菊地英二/佐伯 進/寺澤太郎
 街にようやく秋風がたち始めた頃、私は一通 の手紙を受け取った。それは生きていく道筋の真ん中にいつも長渕を置いている友人、スコット・アルガードからの便りだった。カナダに生まれ、一〇代の頃ホームステイにきた北海道で長渕 剛の歌と出会い、ビクトリア大学の卒業論文のテーマを「日本のロックスター長渕 剛の詩を通して見た日本社会の変化」にした男だ。
 もちろんスコットは八月二一日、桜島西斜面に広がる溶岩大地に立っていた。その時目撃した風景を、こう綴ってくれた。 「お元気ですか? 僕が鹿児島へ入ったのはライブ二日前の一九日でした。その時点ではもう、鹿児島の街が長渕ファンで溢れていました。独り者、カップル、友達同士で来た小グループなど、いろんな人間様がリュックや旅行鞄をぶら下げて、街の中を歩いていました。ライブもまだ二日後だというのに、その風景を見て、長渕の説得力に感動したのです。全国から七万五千人の旅人を集められる力強さに、僕は圧倒されたのです」
 八月二一日夜から二二日早朝にかけて敢行された長渕 剛 桜島オールナイト・コンサート。もちろん、深い感動を味わったのはスコットだけではない。歌が始まる前から、会場に足を踏み入れる前から、チケットを握りしめた一人一人が鹿児島へ、桜島へと歩みを進める「自分自身の行為に」、ある種の感動を覚えていたはずだ。
 その感動は何だったのか。スコットは、七万五千人は、そして私は何故あの大地であんなにも熱くなったのか。
 このコンサートを本当に歴史的なものとするために、私はその「何故」に分け入ってみたいと思う。

約束の大地、桜島
「オールナイトライブを発表してから二年間、いちからの整地から本番まで、長い気がしていたけれどいざその日を迎えるとやはり短かった気もします。オールナイトをやってみて、わいてきたのは心からの感謝の気持ちです。はるか遠方からやってきて朝まで拳をつきあげてくれたファン、そしてブルドーザーで整地して汗を流してくれた人たち、桜島町の皆さん鹿児島の皆さんの理解に本当に感謝いたします」
 コンサートのあとしばらくたってから、長渕が地元のラジオで語ったという言葉の断片を、関係者を通 じて聞くことが出来た。短い言葉の断片は、その行間を読まないと長渕の真意は伝わって来ない。
 何故長渕は「整地から」と言ったのか。それは、このコンサート会場として選ばれた場所が、「荒野」だったことにある。
 桜島コンサートが長渕の口から発せられた約二年前。一斉に桜島の下見に入ったスタッフたちは、口々に長渕にこう報告した。
 桜島にいいグラウンドがありました。あそこなら七万人も可能です。
 フェリー乗り場近くにもいい場所が在ります。あそこなら観客誘導もスムースです。
 それに対する長渕の答えは、ことごとくNOだった。やがて長渕が会場に指定したのは、当時はまさに「荒野」と呼ぶしかない溶岩採石場跡だった。しかもそこは、フェリー港から徒歩で三〇分はかかる場所にある。長渕を長く撮り続けているカメラマン大川奘一郎によれば、そこは八七年『STAY DREAM』のツアーの鹿児島公演を打ち上げた翌朝、長渕が錦江湾の防波堤に座ってじっと眺めていた場所だという。もう一七年も前から、長渕の中で、まだ見ぬ 桜島コンサートの場所は「そこ」に決まっていたのだ。  それだけではない。東京からやってくる観客のことを考えて宿泊を含めた団体ツアーを組もうという声にも、当初長渕はNOだった。 「過去の成功はいらない。困難な未来を切り拓きたい」  そう言ったという。
 つまり桜島というテーマを与えられた時、スタッフたちは遠来からの七万人という膨大な観客の為に「便利」や「効率」を求めようとした。大人の判断だ。
 けれど長渕は、そんなことよりも「本質」を突き詰めようとした。桜島の本質とは何か。それはでっかい太陽が登ってきた時に、ステージが正面 からそれを迎え、七万五千人がその背中を朝焼けに照らすことだ。太古の時代から繰り返されてきた大自然の摂理に、たった一夜だけれど生身の人間が溶け込んでいくこと。そのためには、例え今はそこが荒野であろうとも、俺たちは「そこ」で出会わなければならない。しかも自力で。困難を乗り越えて。そここそが「プロミス・ランド」なのだから。
 それがこのコンサートに対する長渕の最初の言葉だったことを、覚えておいてほしい。
 長渕のメッセージはこう続く。 「人間と人間の織り成す力、そして人間の可能性。デジタルな社会の中でアナログな発想を成功させたかった。足で歩き、目で確かめ、汗をかく。自分自身の達成感よりも、人間って最高じゃないか! という思いが湧きあがり、もっともっと人間が好きになった!!」
 そのメッセージを聞きながら、私は一つの新聞記事を思い出していた。

日本へのシンボリック・アクションの提示
「中国がついに有人宇宙衛星を打ち上げた。偉い。日本もやろうと思えばできるがやらないのではない。日本にはできないのだ。そこのところをはっきり意識しないといけない」
 二〇〇三年十月一七日。毎日新聞の「経済観測」欄に(菊)というペンネームの記者が書いている。この記事は、私の事務所の「長渕桜島コンサート」と書かれた資料袋に入れられていた。つまりコンサート一年前の段階で、私は長渕と日本の宇宙事業をどこかで関連づけてみていたことになる。
 記事はこう続く。 「国や国民の総意を、自力で宇宙にいってみる損得でなく本質的に興味本位 なムダに結集できないのがどこか悲しい。反対に対して言い訳できることしかできなくなった日本システムが見える。情熱総量 の衰えだと思う」  恥ずかしさをこらえて告白すると、私は長渕の桜島コンサートのことを聞いた時、最初に浮かんだのは「壮絶なる不便」という言葉だった。言い方を変えれば「何の意味もないこと」と言ってもいい。コンビニエンス・ストアがこれだけ巷に氾濫し、北海道の先っぽから沖縄の海岸まで、如何に東京と同じ消費生活ができるかできないかが真面 目に問われているこの時代に、何故一人の男の歌を聞く為に飛行機とバスとフェリーを乗り継ぎ、さらに三〇分以上も炎天下を歩いてまででかけていかなかればならないのか。  もちろんそのコンサートでは、大きな感動が得られるだろう。一晩中歌い続ける長渕の言葉には、身体を串刺しにするメッセージ力があるに違いない。
 けれどそれで何かが変わるだろうか。翌日からまた七万五千人は普段と変わりない生活に戻っていくだけなのではないか。
 そう思えてしまったのだ。つまり今から振り返れば、私自身がデジタル社会の中で自分の足で歩くことを忘れていたことになる。  けれどやがて長渕のコンサートへの思いが「過去の成功ではなく困難な未来」だと知った時、またまた閃く言葉があった。
 それは、「シンボリック・アクション」。
 八〇年代のF1レース界で一六戦一四勝する程に圧倒的な強さを誇ったホンダの総監督、桜井淑敏が繰り返し語っていた言葉だ。 「年に何百億円もかけるF1は壮絶な無駄なんだ。けれどそのチャレンジを続けることで、組織も人間もレーサーも、それまで使っていなかった脳や筋肉やシステムを否応なく使うことになる。だからこそ、人の可能性が試される。その姿勢がファンに伝わって、ホンダは若々しいイメージを獲得していく。つまりF1は企業が世界に発信するシンボリック・アクションなんだ」
 長渕の言葉と桜井の言葉が重なった。
 何故さきほどの記事が私の目に止まったのかにも理由がある。今から四年前の事。中国奥地の寧夏回族自治区を旅した時、そこで出会った京劇の役者の子どもに「将来何になりたいの」とインタビューしたことがある。すると、意外な言葉が返ってきた。 「宇宙飛行士になりたい」。
 北京から飛行機で四時間半。万里の長城の最後の尻尾が砂漠に吸い込まれていく辺境の町で、少年は大きな瞳を輝かせてそう言った。
 はたして今日本の少年の何人が宇宙飛行士になりたいと答えるだろうか。
 そう思うと愕然とするものがあった。
 記事にもあるように、中国は遮二無二自力で有人衛星を打ち上げようと努力し、〇三年にはそれを実現した。対して日本は、NASAに金を貢いで宇宙飛行士をロケットに乗船させてもらってはいるが、自力の有人ロケット開発は放棄している。  その方が経済効率が高いから。
 大人たちがそう考えるのだから、子どもたちに宇宙への夢が広がるわけがない。つまり中国には有人ロケットというシンボリック・アクションがあるから一〇億の人々が同じ夢を共有できる。対して日本にはそれがないから人々の意志がバラバラになっている。大人も子どもも社会をあげて「壮絶なる無駄 」に賭けることを忘れてしまっているから計算ずくの社会になり、拝金主義を便利至上主義が横行し、結果 的に情熱総量で負けている。
 毎日の記事はこう続く。
「オリンピックで一〇〇個のメダルを目指す。月にもう一回いってみる。(中略)おおやってみろや、応援するからという挑戦心がなさすぎる。いつからこんなに予定調和しかない現実的な人々になってしまったのか」
 この記事を読みながら、「だったら長渕の桜島に一緒に行ってみますか」と語りかけている自分がいた。だから私はその記事を切り抜いて、長渕の資料袋に入れたのだった。
 そう、長渕の試みは、日本へのシンボリック・アクションの提示だったのだ。

俺たちが変えなくて誰が変えるのか
「桜島では、長渕は観客一人一人に『話し』かけていただけでなく、社会全体に訴えを告げている様にも感じました」
 スコットの手紙はこう続く。 「今回のライブで僕が最も感動したのは、第二部の『JAPAN』から『静かなるアフガン』への流れでした。『Oh Japan』この国の事を真面目に考えてくれ! 私たちはどこへ行くの? この国の将来を我々がどう導ければ良いの? こんなメッセージが伝わってきました。今の時代の中で、『JAPAN』のメッセージは、唄がリリースされた一〇年前よりももしかすると重大になってきているのでは? と思ったのです。そして、『静かなるアフガン』。日本も視野に入れ、世界の事を考えようよと長渕がステージから訴えていました。そして命の大切さや、戦争の愚かさも。この唄に乗って心に染み渡ってきたのです。僕には、ヴィジョンで流れていたビデオが特に良かったです。アメリカの戦争、日本の戦争、テロや様々な形の『死』。今回のライブで最も瞳が潤ったのは、この六分間でした。今では珍しくなったポップカルチャー界から社会派の叫びを力強く吠え続ける長渕の存在が、日本にとっても、世界にとっても実に重大であると、改めて思ったのです」
 スコットはスコットの言葉で、この国の現状を憂い、社会の風潮を嘆いている。その思いが長渕の歌に重なり、「長渕は世界において重要だ」という感想になったのだ。
 私がコンサートで最初に驚いたのは、開始早々二曲目の「泣いてチンピラ」の中で、長渕が「ガンバレニッポン、ガンバレニッポン」とリフレインをはじめたことだった。ちようど時期的に深夜のオリンピック放送で聞き慣れたフレーズではあるけれど、長渕はその後のMCの中でもオリンピックに対してはひと言も言及しなかった。そんな場合ではない。本当に俺たちの国の行方はどうなるのか。俺たちが変えなくて誰が変えるのかと、長渕は叫んでいたのだと私は思う。
 同時にスコットの手紙を読みながら感じるのは、「ライブはまだ二日後だというのに」もう鹿児島に到着している自分の行為に、ある種の感動を覚えていることだ。たぶんあの日桜島に集まった七万五千人が文章を書けば、長渕の歌やその存在への讃歌だけでなく、そんな「自分自身の行為」への満足が書かれるのではないかと私は思う。
 それは、確かに壮絶なる無駄だった。そして、そこに参加しただけでは何の意味もないことでもあった。けれど、それでも敢えてそこに参加した者だけが得られる感動が、確かにあった。
 つまり七万五千人にとっても、長渕のコンサートはシンボリック・アクションだったのだ。何よりも自分自身を変えるための。目の前の日常を過去の繰り返しではなく、新しい未来の一歩にするための。
 だからこそ、長渕の言葉はこう締めくくられている。 「桜島は自分の終着駅ではなかった。だから、もう、走り始めている」  コンサート直前まで「桜島は自分の死に場所になるかも」と言っていた男が、あの感動を越えてもう走り始めているという。長渕が一番わかっているのだ。「壮絶な無駄 なことに命をかけたからこそ、次の一歩が大切なのだ」と。
 シンボリック・アクションが本当にシンボリックであるためには、日常の中にその精神が息づいていかなければならない。
 中国の少年が宇宙への夢を語る様に、私たちも長渕から受け取ったメッセージを自分のメッセージに書き換えて、日々、唇に乗せていかなければ。
 極上のシンボリック・アクションを体験した私たちには、今こそ、夢の力が問われている。

中尾諭介(In the Soup)が観た桜島オールナイト・ライヴ
「あれはもう桜島という火山の宴だ」
 ヘリコプター飛んで、ハーレー走って、花火打ち上がって桜島朝焼けに煙吐いて、七万五千人の人、人、人が一人の男と共鳴すべくフェリーに乗って島に集まった。一国築けるくらいだ。そりゃもう怖くなるくらいの数、熱だった。夜を通 して長渕さんは時に激しく時に優しく今までの集大成をぶちまけた。まさに一人の男の太陽と桜島と七万五千人との戦いやった。野外フェス数々あれど前人未到、こんなのない。長渕ファンでなくてもお薦めする。世の中にはこんなこともあり得るってことだ。そのステージに僕も立ったんだという実感を感じるべくボカぁ僕でDVDを眺めることにする。あれはもう桜島という火山の宴だ。
PROFILE◎なかお ゆうすけ:1973年6月20日、宮崎県延岡市に生まれる。
'96年、In the Soupを結成、'00年5月メジャー・デビュー。'03年、バンド活動と並行して発表したソロ・アルバム『好きです』では「東京青春朝焼物語」を、トリビュート・アルバム『Hey ANIKI!』では「Myself」をそれぞれカヴァーしている。「しあわせになろうよ '04」ではトリビュート盤参加アーティストの一人として長渕 剛本人と共演を果 たした、

 

LIVE ALBUM 長渕 剛 ALL NIGHT LIVE in 桜島
04.8.21 FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT FLCF-4040 5,400yen (tax in)
11.20 IN STORES

【DISC-1】 01. 勇気の花 02. 泣いてチンピラ 03. 孤独なハート 04. とんぼ 05. 情熱 06. 激愛 07. 逆流 08. 俺らの家まで 09. 夏祭り 10. ひざまくら 11. お家へ帰ろう '04

【DISC-2】 01. ファイティングポーズ 02. くそったれの人生 03. 勇次 04. LICENSE 05. しあわせになろうよ '04 06. JAPAN 07. 静かなるアフガン 08. ガンジス 09. STANCE

【DISC-3】 01. 春待気流 02. 海 03. 順子 04. Keep On Fighting 05. いつかの少年 06. 気張いやんせ 07. Myself 08. 巡恋歌 09. コオロギの唄 10. 一匹の侍 11. 乾杯 12. マリア

【DISC-4】 01. 女よ、GOMEN 02. 電信柱にひっかけた夢 03. STAY DREAM 04. GOOD-BYE青春 05. 東京青春朝焼物語 06. 明日へ向かって 07. LANIKAI 08. 桜島〜SAKURAJIMA 09. 何の矛盾もない 10. Captain of the Ship

LIVE DVD 桜島
FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT  FLBF-8080 13,650yen (tax in)
12.08 IN STORES

NEW SINGLE
金色のライオン
*京セラ製 au 携帯電話「A1403K」CM曲
FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT  FLCF-7110 1,050yen (tax in)
12.01 IN STORES

長渕 剛 OFFICIAL WEB SITE【NEVER CHANGE】 http://www.nagabuchi.or.jp/


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