キウイロール。
 改めて文字にすると、つくづく妙なバンド名だと思う。しかし彼らのライヴを見るようになって4年近く経ち、軽い会話も交せるようになった今もなお、このバンド名の由来を訊ねたことがない自分に気づく。たぶん、どうでもよくなってしまうのだろう。のっけから尋常ならざるテンションを放ち、一曲、一音ごとに精神力の限りを使い切るような彼らのライヴを見ていると、その激しさに目は釘付けにされ、その切なさに胸が締めつけられ、その過剰さに全身が感電したように痺れてしまう。息をするのもためらわれるような空間に呑まれたとき、キウイロールって名前の由来は? なんていう野暮な言葉が、一体なんの役に立つというのだろう。
「吐き出してる……。見てる人には悪いんすけど、なんか吐き出してますね。トンじゃってて覚えてないし、ステージ降りてもしばらく戻んないですね。でもライヴ以外は薄っぺらい人間ですよ(笑)。ただ、ライヴには全部置いてこうと思ってるから」(蝦名/Vo)
 2年前に語ってくれた言葉である。うずくまって絶叫し、のたうち回りながら歌を綴っていた当時の彼は、自分のパフォーマンスを「置く」と表現した。日々のなかで感じる不安や疑問や憤りや憂いといったモヤモヤを、嘔吐するかのように置いていくのだと。置くということは、そこに残されること。カタルシスとなって華々しく昇華されることもなく、爽快感と共にすっきりと霧消することもない。残されたそれは、消えることのない傷のように、いつまでも聴き手の心にとどまっているだろう。キウイロールがやっているのは、まさにそういうことだ。

歌を聴いてもらいたい願望が自然と出てきた
 91年に結成され、高校卒業の94年からオリジナル曲を始めたというキウイロール。ルーツとなるのは主に地元の先輩、とくにブラッドサースティー・ブッチャーズやスラング、カウパァズなどだ。札幌のバンドの特異性を知る人ならわかるだろうが、それらの影響をモロに受けてきた彼らのギター・ロック/パンクは、当然何かの焼き直しには収まっていない。オリジナルであること、孤高であることを良しとして、時にはどれだけ突拍子もないバカになれるかを誇り高く競い合う札幌のシーン。その遺伝子は当然キウイロールにも根づいていて、彼らは安易な道に逃げることを何よりも嫌っているように見える。
「何かを目指しちゃうと、目指すもの自体がすでに“あるもの”なんで、それと同じになっちゃいそう。だったら4人で合わさった時の感じを追及したいですね」(蝦名)
「“誰々っぽい”とかそういうんじゃなくて、一人一人がどういう音にしたいのか、っていうのが大事ですね」(本間/B)

 だから彼らは、楽曲の試行錯誤を繰り返し、ライヴ・パフォーマンスにしても自問自答し、完成したはずの一曲にもさらなる可能性を探そうとする。その恐ろしく思索的なスタンスはおのずと人間性に結びつくもので、要するに彼らは、常に自分自身に問いかけ、人生についての試行錯誤を繰り返しているバンドだといえる。いわば、鏡に向かって「お前は誰なんだ」と言い続けているような作業。もちろん楽じゃないだろう。青臭くじれったく、優柔不断なだけかもしれない。でも、その問いかけはあまりに切実で、絶対に無視できない力で聴き手を捩じ伏せてしまうのだ。バンド史上最もポップになった新作『その青写 真』には、聴きやすいメロディ・ラインとは裏腹に、彼らの持つ“力”が最も激しく刻まれている。

 前作『スクイズ』から4年近く。その間に2枚のシングルやエコーとのスプリット作品は出ていたものの、アルバムとしては本当に久しぶりとなる『その青写 真』。昨年はライヴの本数を絞って曲作りに専念したというだけあって、そこには今現在のキウイロールの姿がはっきりと浮かび上がっている。既発曲も大胆にリ・アレンジされたのは彼らの性格から考えても当然だが、興味深いのは、どの曲にしても歌の比重が格段と強まっていることだろう。
「なんか、歌を聴いてもらいたい欲っちゅうか願望が自然と出てきて。気付いたら歌ってる時間が長くなりましたね」(蝦名)
 朴訥としているようで、ハッとするほど鋭くもなる。蝦名のメロディは昔からバンドの中で重要な役割を占めていたけれど、それは絶叫と対になることでより美しく聴こえる、というニュアンスのものだった。でも新作は違う。叫びながら歌い、語りつつ歌い、呟きとともに歌い、メロディを追って歌う。要するに、すべてに歌が息づいているのだ。
「まぁ純粋に、表現の仕方が変わってきてるんでしょうね。普遍的なものへの憧れはすーごいあって。やっぱ、人の頭に残るものっちゅうか、鼻歌でも何でもいいからその人の中に残ったらいいなぁと思うんですよ。なんか歌が残ってるっちゅうか、ずーっと歌が流れてるような曲にしたくて」(蝦名)

「一番大切なものは本当に大切なものなのか?」
 数年前まで、ステージ上を這いずり回って絶叫を撒き散らし、誰かの頭をブン殴るような衝撃のみを残してきたキウイロール。それが新作では鼻歌にもなるような普遍的なものを目指したというから、短絡的に考えれば、その変化は“丸くなった、オトナになった”と言われる類いのものだ。そしてそれは間違いじゃない。勢い任せに叫び続けられる若さでは、もうないだろう。試行を重ね、経験を積み、上京し、より視野を広げたうえで、いかに深く長く残るモノを作れるのかという道を、彼らは選んでいるのだ。
「前はけっこう投げっぱなしの歌が多かったんだけど、なんかこう、曲に対する責任を最近感じてしまって。ちゃんと伝えたいっていうか……いや、伝えてただけだったのが、もっと手を差し伸べるっていうか。差し伸べるっていうと偉そうですけど」(蝦名)
 これは歌詞に関する彼の発言なのだが、主語を楽曲に置き換えても成り立つ話だと思う。
 爆発したらしっぱなしの激情エモなんかじゃ決してない。心の機微を追い、琴線のひとつずつを確認しながら鳴らし、内面 に深く深く入り込んでいくような楽曲。そこには一瞬で人をブチのめすような破壊力はないけれど、気付けばじわじわと針が共振していくような磁力が存在する。ディストーションで威嚇するような若さでは作れない楽曲は、そのぶん試行錯誤の濃度を高め、よりポップに突き抜けたのだろう。そのまま華やかな舞台に立ってもいいクオリティなのだが、しかし面 白いのは、彼らがあえてポップネスを解体し、自ら汚してしまうところである。美しい新曲群の間にノイズまみれの初期の曲を挟み込んだり、じっくり聴き入ってしまうようなメロディにあえてギター・ノイズを被せたり。だから結果 としてこの新作は、よりポップになったぶん、ゆがんだ本質も大きく露呈した1枚、というべき内容となった。
「サラッとさしてから汚したっていうか、一度キレイにしてからゴッシャゴシャにするような。別 に屈折してるわけじゃないと思うんですけど、そういう極端な感じにする傾向は、昔からありますね」(蝦名)
 出自の問題にするのは安易すぎて情けないのだが、やはり、これが札幌のパンク・シーンで育った人間の遺伝子なのだと思う。オリジナル。孤高。突拍子のなさ。そういうものを運命的に背負ったキウイロールは、どれだけメロディ・センスが優れていようとも、華やかなポップ・ソングばかりを量 産できるバンドにはなれないだろう。不器用すぎるし、不安定すぎるし、自分自身に正直すぎる。アルバムの中で「一番大切なものは本当に大切なものなのか?」などと真顔で問いかけてくるヴォーカリストがいるバンドに、器用な処世術は期待できそうもない。でも、そういうバンドの方が絶対的に信頼できるものだと多くのリスナーは知っているはずだ。記憶や歴史や時代に何か大きなものを残していくという作業が、いかに器用で安定した人間とは程遠いところで作られるのかということも。
 目が釘付けになり、胸が締めつけられ、全身が感電するように痺れること。表現の仕方が変わろうとも、キウイロールの音楽から受ける印象は面 白いくらい何も変わらない。消えることのない傷のように、いつまでも聴き手の心に残り続ける強い力。こういうバンドの存在を、心の底から素晴らしく思う。


★Release info.
その青写真
STIFFEEN RECORDS
SRCD-1023 2,000yen (tax out)
IN STORES NOW

★Live info.
<CRAZY YOU-CO. presents GET WET vol.6>
2004年1月31日(土)下北沢シェルター
SPIRAL CHORD / kiwiroll / 惑星 / nemo
OPEN 18:30 / START 19:00
PRICE: advance-2,000yen / door-2,500yen(共にDRINK代別)
INFORMATION: shimokitazawa SHELTER 03-3466-7430

<『その青写真』RELEASE TOUR 2004>
1月10日(土)埼玉熊谷ヴォーグ/1月17日(土)静岡スパイラルマーケット/1月18日(日)名古屋ハックフィン/1月23日(金)横浜クラブ24ウエスト/1月24日(土)江ノ島オッパーラ/1月31日(土)下北沢シェルター/2月6日(金)大阪十三ファンダンゴ/2月7日(土)徳島ジッターバグ/2月8日(日)岡山ペパーランド/2月11日(水・祝)福岡キースフラック/3月6日(土)札幌カウンターアクション

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